徳島陸協の卯木会長(右)から感謝状を受け取る南さん夫妻=海陽町奥浦

 徳島駅伝の草創期から選手や役員の定宿となっていた海陽町奥浦の旅館みなみが、今大会から受け入れをやめる。経営する南達二さん(88)、歌子さん(83)夫妻の高齢化が理由。既に2015年秋に閉館していたが、昨年1月の第62回大会も協力していた。徳島陸協は3日、長年の貢献をたたえ、夫妻に感謝状を贈った。

 旅館みなみは1908年創業の老舗で、徳島駅伝の第1回大会が開かれた55年ごろから関係者の宿泊先として使われてきた。このうち選手の受け入れは20年ほど続き、競技役員や選手誘導役の県警交通機動隊員(白バイ隊員)らの利用は昨年まで50年以上に及んだ。

 南さん夫妻が最も神経を使ったのは選手への対応。風邪をひかさないため一人一人の布団にあんかを入れたり、睡眠を邪魔しないよう物音を立てなかったりしたことを今でも覚えている。

 宿泊日の1月3日は本来新年会の予約が入る書き入れ時で、駅伝の方がもうけは少なかった。達二さんは「大会を定着させ、地域の盛り上げにつなげられたらとの思いで続けてきた」と振り返る。

 毎回50人ほど泊まっていた役員らの中には常連も多かった。歌子さんは「『ただいま』と自分の家に帰ってきたように言ってくれたのがうれしかった」と笑う。75年から毎年宿泊してきた徳島陸協の岸勉競技運営委員長は「いつも優しく迎えてくれ、どんなに朝早くても温かい朝食を出してくれるなど気配りも素晴らしかった」と話す。

 しかし、夫妻は体力の衰えから、受け入れ人数を2014年に31人、15年に17人と減らしていった。既に旅館を閉じていた16年の前回大会では受け入れを断ったものの、岸さんから懇願され、このとき16人を引き受けたのが最後となった。

 3日、旧旅館を訪れた徳島陸協の卯木英司会長から感謝状を受け取った南さん夫妻は「これほどありがたいことはない。初めて静かな正月を迎えて寂しい気持ちもあるが、これからも沿道から声援を送り続けたい」と話した。