旧民主党政権で官房長官などを務めた元衆院議員の仙谷由人氏が11日夜、東京都内の自宅で死去していたことが16日、分かった。72歳。関係者が明らかにした。徳島市出身。1996年の結党時から旧民主党に参加し、旧民主党政権時は閣僚や党役員として内政外交の課題に手腕を発揮するなど、「陰の総理」と称された。

 仙谷氏は、中選挙区制だった90年の衆院選徳島全県区(定数5)に旧社会党から出馬し、初当選した。93年の衆院選では落選したが、小選挙区制が導入された96年に徳島1区で当選し、旧民主党から国政に復帰。5期連続当選を果たした。

 東大中退。弁護士出身の党内きっての論客として知られ、2009年9月の旧民主党政権発足に伴い、行政刷新担当相、国家戦略担当相、法相、官房長官などを歴任。憲法、経済・財政、社会保障など幅広い分野の政策に精通し、一時は「民主党の政策は仙谷が決めている」と言われるほどの実力者だった。

 96年から09年まで旧民主党徳島県連代表を務め、県内政界で圧倒的な存在感を示した。一時、本県選出の旧民主党国会議員は4人に増加。県連は政治経験、知名度のある仙谷氏に頼るところが大きく、「仙谷党」と呼ばれた。

 菅直人内閣の官房長官時代には、沖縄県・尖閣諸島沖で中国漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する事故を巡る対応や「自衛隊は暴力装置」との発言で批判も受けた。10年11月には参院で問責決議を受けた。

 旧民主党の支持率が急落する中、12年の衆院選で自民党の福山守氏に約2万票差で敗れ、比例復活もかなわず落選。14年11月に政界引退を表明した。

 02年2月には胃がんを公表し、胃の全摘手術を受けた後に国政復帰している。

 引退後もテレビなどに出演し、政治や経済について苦言、提言を繰り返した。今年9月18日には徳島市の徳島グランヴィリオホテルで開かれた内外情勢調査会の9月例会で講演していた。