徳島県立博物館で部門展示「ここまでわかった! 徳島の縄文時代」が2月25日まで開かれている。徳島県内で出土した資料から徳島における発掘の歴史までが総覧でき、「縄文時代といえば土器しか思い浮かばない」という人にも分かりやすい。

展示の前半は徳島の発掘の歴史、後半に土器や石器など出土品が並ぶ

展示されているのは、徳島県内で出土した土器や石器、装身具のほか、遺跡の写真、明治時代に出版された発掘に関する本など676点。湯浅利彦館長は「縄文時代は研究者も出土品も少なかったが、地道な発掘作業で資料がそろってきた。縄文時代に関する総合的な展示は徳島では初めてではないか」と話す。

考古学初心者もご安心を。入口で配布されている館長お手製の見どころプリントには、注目の展示品が一目で分かるように星印で示され、ワンポイント解説が添えられている。2月4日には展示解説、2月25日にはミュージアムトークがあり、理解が深められる。

見どころプリントには注目の展示品がワンポイント解説とともに示されている

土器や石器などを並べている展示ケース内の壁面上部には、縄文時代から現代までの年表を掲示している。1年を0・5ミリとして表した年表は、1万4千年前から2千年前までの約6メートルが縄文時代とされ、明治以降はわずか8センチ足らず。縄文時代は、草創期、早期、前期、中期、後期、晩期と色を分けて示している。

展示ケース上部に掲示された年表。色つきの部分が縄文時代。下部には土器などを展示

展示の目玉は、矢野遺跡(徳島市)から出土した縄文時代後期の土製仮面(徳島県立埋蔵文化財総合センター蔵)。土製仮面では日本最古で出土地点が最西端。徳島県有形文化財に指定されている。土製仮面は徳島以東で発見されており、西から東へと伝わった文化であることを示す貴重な資料だ。

矢野遺跡土製仮面(徳島県立埋蔵文化財総合センター所蔵)。日本最古で最西の土製仮面で、徳島県指定有形文化財

徳島県内で初めて見つかった縄文時代晩期の人形土偶(胴部は徳島県立埋蔵文化財総合センター、腕部は小松島市教委が所蔵)も展示。「徳島と沖縄には土偶がない」と長らく言われてきたが、2010年度に新居見遺跡(小松島市)でまとまった形で出土した。

徳島県で初めて出土した人形土偶(胴部は徳島県立埋蔵文化財総合センター、腕部は小松島市教委が所蔵)

土器のコーナーには、ふちに富士山形の突起がある土器やシンプルな文様のもの、両腕で抱えるほどの大型のものまで、大きさも形もさまざまな土器が並ぶ。

矢野遺跡で見つかった縄文土器(徳島県立埋蔵文化財総合センター所蔵)

石器は、矢尻や石斧(いしおの)など、出土した遺跡の地域や時代によって種類が異なっているところに注目し、遺跡ごとに分けて展示している。

遺跡ごとに分けて石器を展示。使用方法に関するパネルもある

貝殻や動物の骨など、縄文時代の人々が食べていたものが分かる

明治時代に始まった徳島の考古学研究を振り返るコーナーも充実している。

中でも、徳島市出身の文化人類学者、鳥居龍蔵(1870~1953年)は、徳島の考古学研究の先駆者だ。

1922年、東京帝国大学助教授となったばかりの鳥居は徳島に帰郷し、城山貝塚を発見した。土器や縄文人骨が出土すると報道は過熱。当時、イラスト付きで新聞に掲載された土器の実物が、所蔵する東京大学総合研究博物館から95年ぶりに“帰郷”し、展示されている。

95年ぶりに徳島に里帰りした城山貝塚の出土品(東京大学総合研究博物館蔵)

当時の新聞記事にイラストで掲載されたのと同じもの

当時の新聞記事を見ると鳥居が発見した城山貝塚への熱狂ぶりと、発掘ブームの到来がよく分かる。「貝塚まんぢう」発売の記事も。いつの時代もブームに便乗した商品が登場するらしい…。

また、1953年に上板町・大山中学校の生徒らによって発見された土器も並ぶ。

湯浅館長は「徳島にもこれだけ多くの縄文時代の資料があることや、縄文時代の捉え方が変化してきた研究の歴史を知って、関心を持ってもらえたら」と話している。

部門展示「ここまでわかった!徳島の縄文時代」

期 間:2018年2月25日まで

場 所:徳島県立博物館

入場料:常設展観覧料(一般200円、高校・大学生100円、小中学生50円)

展示解説  2月4日(日)14:00~15:00

ミュージアムトーク  2月25日(日)13:30~15:00