記者が作ったかかしの「いけだくん」(左)=三好市東祖谷菅生

三好市中心部から車で1時間半走った奥に、その里はある。標高約900メートル。東に西日本第2の高峰・剣山(1955メートル)を仰ぎ見、西は三嶺(1893メートル)につながる。三好市東祖谷菅生の名頃地区にある「天空の村・かかしの里」。住民30人と、かかし約230体が共に暮らす。

名頃地区に入ると、あちこちにかかしが姿を見せる。バス停のベンチに座っていたり、作業着姿の男性が「徐行」の標識を手に注意を呼び掛けていたり。人間と見間違うほどの出来栄えで、初めて見るとドキッとする。

作っているのは住民たち。「この子は私が作ったの」。「この子?」。かかしをわが子のように語る住民の姿が新鮮だ。かかしの事がもっと知りたい。そのためにはかかし作りを体験しなければ―。

かかしの里の生みの親でもある綾野月美さん(68)の自宅を訪ねた。綾野さんは15年前、農作物を狙う鳥対策のため初めてかかしを作った。父親に似せた姿が好評で、趣味で次々に手掛けるようになり、住民にも広まった。

かかし作りは、2本の材木を十字にするところから始まる。上部に不要な服を巻き付け丸みを持たせた頭部を仕立てた後、棒状にした新聞紙20束を材木に付け、上半分は胴体、下半分は二つに分けて足の骨格にする。

全体を布で縫い合わせた後、目となるボタンや、髪の毛の毛糸を付け顔を仕上げる。最後に頬紅を付けると、りりしい表情の男の子のかかしができた。身長約120センチ。作業時間は3時間半だった。

徳島新聞社三好支局の「3人目の記者」ということにして、名前は支局がある池田町の地名を取り、「いけだくん」と命名した。「顔も体も強そうね」と綾野さん。見れば見るほど、かわいく思えてきた。ノートとペンを手にした「いけだくん」は居間に置かれ、早速綾野さんに取材。里の”住民“になった。

かかしが立ち並ぶ夜の光景にも興味があった。午後6時半、カメラを手に外に出た。犬のほえる声が響く中、人通りの少ない雪道を歩く。心細さを感じた時、オレンジ色の街灯に照らされたかかしたちが迎えてくれた。

子どもを見守るお年寄りや肩を寄せ合うカップルたち・・・。暗闇と静けさが、昼とは違う雰囲気を生み想像をかき立てる。かつてダム建設や林業で栄え、300人程度が暮らしていた名頃地区。かかしが往時の人々に見え、タイムスリップしたかのような錯覚に陥った。いつの間にか、かかしに安らぎを覚えている自分がいた。

夜は、約40体のかかしが住むかかし工房に特別に泊まらせてもらった。暗闇に浮かぶかかしたちに見守られ、眠りについたものの、午前1時ごろ、寒さで目覚めた。気温は氷点下2・2度。外は銀世界が広がり、頭上には粉雪が舞ったような星空が広がっていた。

かかしの里の魅力は口コミで広がり、今では国内はもちろん、外国からも観光客が訪れるようになっている。かかしに亡き母の面影を重ね、涙する女性もいたという。

山あいの小さな集落は、ぬくもりに包まれ、自然の恩恵にあずかる豊かな暮らしにあふれていた。