船から自転車を降ろして学校に向かう大谷さん=徳島市川内町米津

道はないのに「県道」という。今切川河口に近い松茂町長原と、対岸の徳島市川内町米津を結ぶ県営長原渡船。約400メートルの運航ルートは、道路法の規定による「道路と一体となって、その効用を全うする施設」として、両岸を走る県道古川長原港線の一部になっている。

夜明けにはまだ早い午前6時15分。長原漁港の南端にある渡船場に、2人の男性が姿を見せた。乗員の村上春光さん(58)=長原=と三木一人さん(51)=同=だ。

この日は時折小雨がぱらつくあいにくの天気。6時半の運航開始時刻になっても、利用者は来ない。「晴れとる日は、こんな時間から来る子もおるんやけど。まぁ待っとり」と村上さん。

国土交通省徳島河川国道事務所の「吉野川の渡しガイドブック」によると、長原渡船の歴史は、少なくとも1873(明治6)年以前からあった民間の渡しに始まる。

県道の一部に組み込むことで1959年に県営化され、84年からは県が松茂町に運航を委託した。種浦雅彦さん(53)=長原=を含む乗員3人が交代で乗り、運航時間は午前6時半から午後6時半まで。休憩の時間帯以外は、客がいれば運航する。年中無休で無料。


原渡船を運航する村上さん(左)と三木さん。後ろの乗員詰め所で利用者を待つ=松茂町長原
「来たわ」。三木さんが港の入り口を指さした。7時35分。自転車に乗った高校生がやってきた。

徳島市立高2年の大谷菜月さん(17)。同町笹木野に住み、高校入学を機に渡船を利用するようになった。加賀須野橋経由で通学すると、学校と逆方向に進んで引き返すことになり「全力でこいでも、5分は余計にかかる。朝の5分は大きい」と笑う。

渡船で通学していると言うと、学校ではうらやましがられるそうだ。「ときどき水がかかったりもするけど、小さな船に乗るのは他ではできない経験。夏は風も気持ちいい」とお気に入りだ。

船はわずか2分程度で対岸に着く。自転車を降ろした大谷さんは「ありがとうございました」と手を振って学校へ。振り返ると、乗り場には既に次の高校生が待つ。船はすぐUターンし、長原へ向かう。

9時半。朝の通学時間帯の運航が終わった。けさの利用者は高校生4人。次の運航開始は10時だが、村上さんは「きょうはこんな天気やけん、高校生の下校時間まで誰も来ーへんだろ」。

かつては地域住民の重要な交通手段だったものの、今では誰もが車を運転するようになり、地元の利用者は徳島市内へ自転車通学する高校生が主となった。

とはいえ、最近の利用者数を見ると、16年度の延べ人数は1万3707人。06年度の8220人と比べて大きく伸びている。

2人によると、最近サイクリングの人気が高まったためか、夏場の土日祝日に、近くの県道401号鳴門徳島自転車道線(鳴門市撫養町―徳島市川内町間、38・383キロ)を走る愛好者の利用が増えている。多い時は1日に20人程度が乗るという。

県道路整備課によると、県内で道路の一部となっている渡船は、他に鳴門市内に3カ所、牟岐町に1カ所。かつて117カ所あった吉野川水系の渡船は、長原渡船だけになった。川の「県道」は、これからも人々を運び続ける。