「震災当日はまだ母のおなかの中にいて、父が倒れた家具から母を守ってくれたおかげで生まれてこられた。感謝して恩返ししたい」。新成人となった神戸市の大学生、福井慶貴さんの思いだ。

 6434人もの尊い命が奪われた1995年1月の阪神大震災から、きょうで20年を迎えた。

 当時生まれた赤ちゃんたちは成人になり、命の尊さをあらためてかみしめている。

 兵庫県淡路島北部が震源の直下型地震はマグニチュード7・3で、観測史上初の震度7となった。全壊家屋は10万棟を超え、死者の約4分の3が古い木造住宅の倒壊などによる圧死、窒息死だった。

 徳島県出身の大学生が神戸市の全壊したアパートで亡くなるなど、県民も被災した。

 亡くなった人たちの冥福を祈るとともに、今も悲しみが癒えない遺族の心に寄り添いたい。

 未来を担う世代に、私たちは大震災の惨禍と教訓をしっかりと語り継いでいく。

 20年がたった今も被災者は苦境にある。仮設住宅からの移転先として兵庫県や神戸市など6自治体が借り上げ、公営住宅並みの家賃で提供している災害復興住宅には、昨年末時点で4197世帯が暮らしている。だが、9月以降、20年の借り上げ期限を迎えるため、退去を求められる。

 無条件で継続入居できる自治体もあるが、県と神戸市は85歳以上などの条件を設け、入居者は不安を抱えている。

 復興住宅の被災者を対象にした共同通信のアンケートでは、自分の生活水準が「復興」「ほぼ復興した」と答えたのは41%にとどまり、体調や年齢を理由に将来を悲観する声もあった。中でも住宅対策を求める声は強い。

 神戸市は入居者が別の復興住宅に転居できる措置を取るようだが、手厚い支援策が必要である。

 復興住宅では昨年、1人暮らしの入居者が誰にもみとられずに亡くなる「孤独死」が40人に上った。病死が30人で、自殺が4人、浴槽で溺れるなどの事故死が2人だ。

 孤独死は前年より6人少ないが、集計を始めた2000年以降、累計で864人を数えた。被災者のために何ができるかを、問い直したい。

 被災者の生活再建などを支援する公益財団法人「阪神・淡路大震災復興基金」の事業は14年度末で延長期限が切れるが、新年度も継続され、高齢者の自立支援など必要性の高い事業に絞り込まれるようだ。生活弱者への切れ目ない支援は欠かせまい。

 火災などで壊滅的打撃を受けたJR新長田駅周辺など街は生まれ変わったが、震災前よりも人のつながりが希薄になったとの指摘もある。

 大震災の教訓を、行政をはじめ、地域や家庭の取り組みに生かし、災害時に1人でも多くの命を守るのが私たちの務めである。

 きのう、北島町の県立防災センターでは大震災の追悼式典があり、災害ボランティア講座も開かれた。

 災害時にはボランティアの力も住民の支えとなる。大震災の際には、県内から大勢のボランティアが被災地に駆け付け、救援物資の配給や、がれきの撤去などを行った。

 1月17日は阪神大震災を機に定められた「防災とボランティアの日」。防災への決意を新たにしたい。