神山町など、徳島県内にサテライトオフィス(SO)を設ける企業が相次いでいる。

 なぜ、徳島にSOが集まるのか。都会と違う、新たな働き方を模索する企業が増えているからだろう。

 県や市町村はこの動きを後押しし、地域活性化につなげてもらいたい。

 徳島に初めてSOが開設されたのは5年前である。名刺管理サービスのSansan(東京)が、神山町の古民家を借りてオフィスを構えた。

 以来、首都圏のIT企業を中心に神山町へ12社、美波町9社、三好市5社、徳島市1社と計27社が進出している。

 計約80人が働き、うち約50人がUターン者を含む地元雇用だ。高度の情報通信技術を活用し、地方にいながら本社並みの仕事をこなしている。

 徳島進出の背景には、全国屈指のブロードバンド環境がある。ただ、それだけが決め手になったとはいえまい。

 Sansanの寺田親弘社長は新しい働き方を模索する中で、暮らしやすい神山町を選んだという。テレビ番組情報を編集するプラットイーズ(東京)は同町の古民家を改修してSOを設け、「えんがわオフィス」と名付けた。同社の隅田徹会長は「業種は違うものの、共通しているのは新しい働き方を模索していることだ」と指摘する。

 社員が数カ月で入れ替わる「循環型」や同じ社員が常駐する「滞在型」と、形態は多様だ。地元雇用の社員だけで運用する企業もある。通勤ラッシュもなく、ゆったりと仕事ができる。休日に農業やサーフィンを楽しむ人もいる。

 そんな働き方が、企業に活力をもたらすことにもなる。

 県内では阿南市で初のSOが開設される見通しで、鳴門、美馬両市も本年度から誘致に乗り出す。この流れを加速させたい。

 SOの起源は、1988年に埼玉県志木市のビルに開設された「志木サテライトオフィス」とされる。バブル景気の真っただ中、都心の地価が高騰し、郊外のサラリーマンは都心まで長時間通勤を余儀なくされた。それを何とかしようと、大手企業数社が共同で郊外にオフィスを設けた。

 当時は「新しい働き方の到来」と注目されたが、バブル崩壊とともに話題に上らなくなった。通勤の過酷さを和らげるための便宜的な方法にすぎなかったからである。

 内閣府の調査では、農山漁村への移住を希望する都市住民は2014年に31・6%に上り、05年の20・6%から大きく増えた。都会の人たちがワークライフバランスを重視し、心豊かなライフスタイルを求めている証左だろう。SOがこうした人たちの受け皿になっていくに違いない。

 地方創生に向けた取り組みとして、SOに着目する自治体は全国的に増えている。今後、誘致合戦は激しくなりそうだ。地域間競争に勝つためにも、子育て支援などを含め、SO立地の支援策をさらに手厚くする必要がある。