従来より踏み込んだ部分はあったものの、曖昧な言い回しも目立った。

 安倍晋三首相が米連邦議会で行った演説のうち、歴史認識をめぐる表現である。

 首相は今回の演説の反応を踏まえて、夏に発表する戦後70年談話の表現を練る意向という。その評価は米国内でも分かれ、中韓両国は反発している。

 70年談話は、戦後の節目を迎えて日本が世界にどう向き合うかを示すものだ。日本の姿勢が明確に伝わるよう、より踏み込んだものにする必要がある。

 演説は米連邦議会の上下両院合同会議で行われた。1961年に当時の池田勇人首相が下院で演説して以来54年ぶりとなるが、合同会議での実施は日本の首相として初めてだった。

 それだけに、安倍首相は今回の訪米で最も力を入れていたとされる。

 演説では、真珠湾攻撃やバターン死の行進に言及しながら、敵対国から同盟関係となった「日米の和解」をアピールし、アジア太平洋と世界の安定に貢献する姿勢を鮮明にした。

 注目された歴史認識では「先の大戦に対する痛切な反省」を表明。先月、アジア・アフリカ会議(バンドン会議)の演説で使った「深い反省」より表現を強めた。

 さらに「自らの行いが、アジア諸国に苦しみを与えた事実から目を背けてはならない」と述べ、「思いは歴代首相と全く変わるものではない」と強調した。

 これも「全体として引き継ぐ」としてきたこれまでの表現より、一歩踏み込んだといえよう。

 米国の一部では、安倍首相に対して「過去の戦争を正当化する歴史修正主義者」ではないかとの疑念がある。演説には、それを払拭しようと工夫した跡がうかがえる。

 だが、「自らの行い」が何を指し、歴代首相と変わらない「思い」の内容は何なのかはよく分からない。

 演説には、戦後50年に出された村山富市首相談話の核心部分である「植民地支配と侵略」や「心からのおわび」との表現もなかった。

 米国での演説では不要と判断したのかもしれないが、世界に向けた戦後70年談話はそれで済むだろうか。

 問われているのは、先の大戦をどう認識し、国際社会、とりわけアジア諸国にどんなメッセージを送るかだ。70年談話に残された宿題は重い。

 今回の演説には、見過ごせないことがある。集団的自衛権行使を可能とする安全保障関連法案の成立を「この夏までに必ず実現する」と明言した点だ。

 安保関連法案は国会への提出どころか、まだ閣議決定もされていない。その成立を期限を切って米国で約束するとは、国会軽視であり、国民を無視するものである。米国との約束を盾に押し通すことは許されない。