誰もが自分の体力や年齢に応じたスポーツに親しめる社会の実現につなげたい。
 
 国のスポーツ施策を総合的に推進するスポーツ庁が、文部科学省の外局として10月に発足する。
 
 2011年に成立したスポーツ基本法に設置の検討が盛り込まれ、東京五輪の開催決定で一気に機運が高まった。
 
 当面、20年の東京五輪・パラリンピックに向けた選手強化に注目が集まっている。国策として一層強力に進められることになる。
 
 自国開催で日本人がメダルを量産すれば、大いに盛り上がり、大会の成功は約束される。だが、スポーツ庁に求められる役割はトップ選手の育成だけではないはずだ。
 
 スポーツ基本法がうたう「スポーツを通じて幸福で豊かな生活を営むことは全ての人々の権利」という理念の実現こそが本来の目的である。
 
 五輪でのメダル獲得数を増やすために、国策としての選手強化を求める声が、スポーツ界では以前からあった。これに応えるように、スポーツ関連予算は年々増え、10年前と比較すると約1・7倍になっている。
 
 文科省は東京五輪の金メダル数を25~30個と高い目標を掲げている。実現に向けては、メダル獲得の可能性が高い競技に強化費を傾斜配分させる。
 
 これはロンドン五輪で、徹底した成果主義によって世界3位の金メダル数を達成した英国をモデルにしている。
 
 だが、この手法は、弱ければ強化費が削られ、さらに弱くなるという悪循環に陥る恐れがある。英国では、一部競技の弱体化が顕著となり、方針転換の動きが出ていることに注意すべきだ。
 
 メダルの数にこだわり過ぎて、スポーツ全体の振興という目標を見失うようなことがあってはならない。五輪に向けた一過性の取り組みに終わらせず、長期的でバランスの取れた視点を求めたい。
 
 複数の府省にまたがるスポーツ行政の一本化も、スポーツ庁設置の狙いの一つだ。

 効率的な施策展開のため、当初は文科省や国土交通省などの関連部署の統合を図ったが、各省の反対で組織の移管は見送られた。

 政府内の調整役という「司令塔」に位置付けられたが、事業の権限の多くは各府省が握ったままだ。それで、期待された指導力を発揮できるのか、懸念は拭えない。

 近年、子どものスポーツ離れや地域のスポーツ施設の減少が問題となっている。国民が広くスポーツに親しめる環境の整備も急がなければならない。

 徳島ヴォルティスや徳島インディゴソックスのように、地域に根ざしたプロ球団が全国で増えている。地域活性化のために、地方のプロスポーツへの支援も必要だろう。

 スポーツを通して国民が豊かな暮らしを楽しめるように、多様な施策に取り組んでほしい。