戦後70年談話に関する安倍晋三首相の私的諮問機関「21世紀構想懇談会」が、首相に報告書を提出した。

 報告書は、先の大戦に対する「痛切な反省」を明記し、「植民地支配」や「侵略」という言葉も記載している。

 いずれも、戦後50年の村山富市首相談話(1995年)と、戦後60年の小泉純一郎首相談話(2005年)に盛り込まれた言葉であり、談話の核心部分だ。明記したのは当然だろう。

 一方で、焦点となっている「心からのおわび」といった表現は盛り込まなかった。

 報告書は「20世紀の経験からくむべき教訓」など安倍首相が提示した五つの論点を考察したものであり、どんな言葉を書き込むべきかを示すものではない。

 それは、まさに首相が判断することである。

 ただ、談話は首相の個人的な考えを披露するものではなく、戦後70年の節目の年に、日本が世界に向けて発する重要なメッセージだ。アジア諸国、とりわけ冷え切っている中国、韓国との関係が改善し、和解につながる内容にする必要がある。

 首相は、4月に米連邦議会で行った演説で「先の大戦に対する痛切な反省」を表明し、一定の評価を得た。このため、談話に「反省」が書き込まれるのは確実とみられている。

 問題は「植民地支配」と「侵略」「おわび」を入れるかどうかだ。

 首相は、70年談話について「歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継ぐ」と繰り返し述べているが、これらの文言を盛り込むことには否定的とされる。

 しかし、村山、小泉両談話は日本の歴史認識として国際的に定着しているものだ。肝心の言葉を外すようなら、誤解を招きかねず、信用を失うことにもなりかねない。

 共同通信社が行った戦後70年に関する全国世論調査では、70年談話に「おわび」の言葉を入れるべきだとの回答が67%に上り、「入れる必要はない」の30%を大きく上回った。こうした声をしっかりと受け止める必要がある。

 その中で忘れてならないのは、何を反省し、謝罪するのかということだ。

 報告書は「大陸への侵略を拡大」「無謀な戦争でアジアを中心とする諸国に多くの被害を与えた」と指摘し、「特に1930年代後半から植民地支配が過酷化」したと認定した。

 だが、「侵略」を使うことに複数の委員から異論が出たことも注釈で紹介している。戦後70年を経た今も、過去に対する視点が定まっていないようだ。

 首相は「アジア太平洋地域や世界のために、どのような貢献を果たしていくべきか、英知を結集して書き込んでいく」と語っている。

 未来志向に異論はない。そのためにも、過去と厳しく向き合うことが大切である。