安全保障関連法案の参院審議が大詰めを迎えている。

 与党は、衆院で再可決・成立させる「60日ルール」を適用せず、14日の週に採決する方向で調整に入った。

 60日ルールを使えば、国会運営が強引だとの批判は免れない。それをかわすためとみられるが、法案には多くの国民が反対し、懸念を抱いている。その声を無視して採決・成立に突き進むこと自体が、強引なやり方ではないか。

 国民の命と平和な暮らしを守るために、備えが重要なのは論をまたない。だが、なぜこの法案が必要なのか。安倍政権は、いまだに明確な理由を示せずにいる。

 それどころか、審議をすればするほど必要性の根拠が怪しくなっているのが実情だ。政府の答弁も迷走している。

 こんな状況で採決に踏み切り、成立させることは到底許されない。

 安保法案の柱は、歴代内閣が「憲法上、許されない」としてきた集団的自衛権の行使を認めることである。

 どうして行使しなければならないのか。安倍晋三首相は昨年、憲法解釈を変更した閣議決定後の会見で、邦人母子を乗せた米艦を描いたパネルを掲げ、「米艦を守らなくていいのか」と力を込めた。

 母子の絵を見せて感情に訴えたかったのだろう。ところが、先月の参院審議で中谷元・防衛相は、行使の判断について「邦人が乗っているかいないかは絶対的なものではない」と述べた。首相の言う「日本人の命を守る」との理由はどうなるのか。

 中東・ホルムズ海峡での機雷掃海のために必要との理由も、説得力を失った。イランが欧米などと核問題で合意し、機雷封鎖する可能性が極めて小さくなったためだ。

 中東での機雷掃海は、内閣法制局長官も「個別的自衛権の発動で処理することはあり得る」と答弁している。

 首相は、日本を取り巻く安全保障環境が激変したと強調する。「戦争を未然に防ぐためのものだ」とし、日米同盟の強化で日本はより安全になるとも主張している。

 だが、法案によって自衛隊の活動範囲が広がり、米軍との一体化がさらに進む。むしろ、戦争に巻き込まれる恐れが高まるのではないか。

 各種世論調査で法案成立に反対する国民が6割に上っているのは、そうした不安が強いからだ。

 法案は憲法違反だとの指摘も相次いでいる。「憲法の番人」である最高裁の元長官も政府、与党の説明を「ナンセンスだ」と切り捨てた。

 まさに今、立憲主義と法治主義、そして日本が掲げてきた平和主義が揺らいでいる。

 首相は「国民の意見、批判に真(しん)摯(し)に耳を傾けながら、理解が深まるよう努力を重ねていく」と述べた。

 法案の危うさを理解したからこそ、国民は反対しているのだろう。首相が真摯に耳を傾けるというのなら、廃案にするのが筋である。