自民党が立党から60年を迎えた。人間で言えば還暦に当たる。この間、2度下野した期間を除き、一貫して政権を担当してきた。日本の政治、経済の発展に大きく貢献してきたといえる。

 今、安倍晋三首相と自民党に求めたいのは、謙虚な姿勢で国民と向き合うことだ。選挙に勝てば、数の力にものをいわせて法案を通してよいというものではない。国民は政権党に白紙委任したわけではない。絶えず国民の声に耳を澄ますことが、選挙での信託に応える道である。

 自民党は1955年11月15日、旧日本民主、自由両党の「保守合同」により結党された。以後、保守の軸として、単独、あるいは連立政権で日本のかじ取りを担ってきた。

 ポストとカネを配分する派閥の弊害が、繰り返し指摘されてきたのも事実だ。一方で、派閥は党内で疑似政権交代の機能も果たしてきた。各派領袖(りょうしゅう)が中国政策などで多様な考えを持っているため、総裁選のたびに右に、左にと、振り子のように揺れてバランスが保たれてきたわけだ。

 派閥が相互けん制し、首相の暴走を防いできたのが、長期政権を築いた一因だろう。

 もちろん、選挙区などへの利益誘導も目立った旧来の派閥政治は否定すべきだ。

 しかし、ウイングが広く、国会議員の自由闊達(かったつ)な議論を経て、党内合意を形成するのが自民党の持ち味だった。

 国民をあきれさせたこともある。79年10月の総選挙で自民党は惨敗し、続投を望む大平正芳首相と退陣を迫る福田赳夫氏らが対立した。その結果、大平、福田両氏はそれぞれ、自派の議員を引き連れて首相指名選挙に臨んだ。驚いたのは、それでも分裂せず、元のさやに収まったことだ。

 反旗を翻した福田氏が率いた福田派の後身が、安倍首相の出身母体の細田派である。

 ところが今、「安倍1強」の下、党内に執行部を恐れて自由に物が言えない雰囲気があるのは、残念なことだ。

 都内で開かれた立党60年記念式典で、安倍首相は「60年前、先人は大義の下に自民党を立党した。憲法改正、教育改革、行政改革により、占領時代につくられたさまざまな仕組みを改めなければならないと決意した」と述べた。

 首相が改憲への意欲を前面に打ち出さなかったのは、来夏の参院選への配慮だろう。

 だが、国の形を変えかねない集団的自衛権の一部行使を、憲法解釈の変更で容認したことには批判が強い。世論を二分する安全保障関連法を強引に採決したことを、国民は忘れたわけではない。

 首相は「1億総活躍社会」を掲げて経済優先をアピールするが、国民はどう見るか。

 どの政権党に限らず、「傲慢(ごうまん)で信頼できない。おきゅうを据えるべきだ」と思われる時が、政権を失う時である。

 自民党が政権転落で学んだことは多いはずだ。国民の理解を得る努力を重ね、丁寧に政権を運営すべきである。