三好市出身の脚本家向井康介さんに、日々の暮らしで感じた思いや創作に臨む際の心構えなどを月1回つづってもらう。

【第1回】徳島国際短編映画祭

3月3日から5日まで開かれた徳島国際短編映画祭=あわぎんホール

今年で2回目の開催となる徳島国際短編映画祭にトークゲストとして呼ばれ、3月4日、久しぶりに徳島市を訪れた。

徳島県出身といっても、僕の生まれた場所は徳島市から遠く離れた阿波池田という小さな町。四国の中心に近く、車で峠をひとつ越えれば香川、愛媛、高知に出られる。家族での買い物などは、わざわざ車で2時間も走って徳島市内に行くよりも、高松市や愛媛県川之江市(現・四国中央市)に繰り出すことの方が多かった。

積極的に徳島市内に出掛けるようになったのは中学生になってからだ。学校が連休や長い休みに入ると、朝早くから友人と連れ立って汽車に乗り、各駅停車で2時間揺られて徳島駅の改札をくぐった。

目当ては映画と本。1990年代初め頃は、新町通りだけでも映画館が三つか四つ入っていた。まずは行く前から決めていた本命の1本を観て、時間が合えば飛び込みでもう1本。昼食は決まって商店街入り口のマクドナルドのビッグマックだった。

それからそごう1階の古本屋を流し、小山助学館に入る。数階建てのビル一棟が全部本屋だなんて、なんて素晴らしいんだろうと興奮したのを今でも覚えている。最後はポッポ街の中にある漫画中心の本屋。ここは不良に絡まれやすいので有名で、いつもびくびくしながら歩いていた。

せっかく市内に出たのだから、洋服屋のひとつも覗(のぞ)いて流行り物にも気を使っていれば、少しは明るい青春時代を送れていたかもしれないのにと思うが、振り返っても仕方がない。暗いままに、幸か不幸か脚本家という職業に就いている。

あれから25年がたつ。今、徳島駅に降り立つと、目の前にあったはずの小山助学館はない。そごう1階も飲食店に変わっている。当時は聞いたこともなかった「徳島ラーメン」を食べる。うまいには違いないが、どこか他人という気がしてしまう。

新町通りも閑散として映画館などひとつもないが、行きつけだったマクドナルドの跡地に、ミニシアターができているのが救いだった。仕事柄、日本各地を回ることも多いが、どの地方都市も抱えている諦念が、そこにはある。

トークライブの前に、あわぎんホールの上映室で、前年徳島で作られたという短編映画数本を観客に混じって一緒に観た。上映開始時には空席が目立っていたのが、進むにつれて人が集まり、いつの間にか場内には立ち見もいた。地元に根ざした地元の映画ということもあって、老若男女問わずさまざまな年代の人々がスクリーンを見つめている。灯火はまだ消えていない。

向井康介さん略歴

向井康介さん

1977年、三好市生まれ。池田高校、大阪芸術大卒。脚本家。文化庁新進芸術家海外研修制度で、2014年3月から北京に2年半留学。「陽だまりの彼女」(13年)、「聖の青春」(16年)、「愚行録」(17年)など映画の脚本を次々と手掛けている。

(2017年4月28日掲載)