推古、皇極の両女帝に挟まれ、子は天智、天武の両天皇。さらには権力をほしいままにした蘇我氏。舒明天皇が生きたのは、古代史のスターがきら星のごとく居並ぶ時代だ
 
 万葉集に「国見の歌」を残している。<大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし国そ 蜻蛉島 大和の国は>。頂から国土を眺めてみると、広い平野のあちこちに炊煙が上がり、海原には水鳥が舞う。本当に満ち足りた国だ-
 
 奈良県明日香村で、大規模な石敷き溝が見つかった。大化の改新があった7世紀半ばごろの遺構らしい。方墳の一部とすれば、一辺が50メートルを超え、飛鳥時代で最大級という
 
 舒明天皇が最初に葬られた「滑谷岡」の墓ではないか。いや、そうではない。栄華を極めながらも滅びた蘇我蝦夷の大陵だろう。そもそも古墳なのか。歴史が大きく揺れた時期、専門家の見方は分かれる
 
 同じ激動期でも、こちらは、といえば。後世の考古学者が、こんな遺構を見つけて興奮する姿を想像してしまった。「これがまあ『政権交代』か」。冗談で済むなら幸いである
 
 国民が信頼し得る党に、民主党は生まれ変われるだろうか。「うまし国」にいまだ遠い日本。そこへの道順を示せるか。岡田克也新代表の責任は重い。