「一億総特攻」も一転、そもそも「一億総懺悔(ざんげ)」から始まった日本の戦後である
 
 テレビ草創期、「一億総白痴化」と批判したのはジャーナリストの大宅壮一。高度経済成長を経て、国民のほとんどが生活レベルは中ぐらいと考える「一億総中流」社会へ。こちらは幾分、自嘲気味だ
 
 第3次安倍改造内閣が発足した。目玉は「1億総活躍担当相」。介護や少子化問題といった、この国の未来を左右する課題に切り込む。任されたのは首相に近い加藤勝信前官房副長官。拉致問題、女性活躍の担当相も兼ねるというから、相当の重責である
 
 「1億総活躍社会」。果たして、この名は適当か。「一億総-」の系譜を振り返れば、疑念もよぎる。必ずしもいい印象がないことは分かりつつ、あえての命名だとしたら、首相の挑戦する姿勢の表れなのかもしれない、と解釈しておく
 
 言葉は、もまれているうちに意味が転じる場合がある。「流れにさおさす」は元来、川下りの船頭が川底にさおを突いて船を進めるように勢いをつけることだが、時流に逆らうといった意に誤用する人も多い
 
 もとより具体策はこれからの1億総活躍社会には、どんな意味が与えられることになろうか。山積みとなっている宿題の解決へ、ぜひ元来の意で、さおをさしてもらいたい。安倍政権のさおさばき、注目である。