阿南市出身の作家。そう書けることを誇りたい。ハンセン病と闘いながら創作を続けた北條民雄(1914~37年)は昨年、遺族の理解を得て、初めて実名が「七條晃司」で、出身地が「阿南市下大野町」と分かった。身近な存在として、まぶたに像を結ぶ

 代表作の「いのちの初夜」は魂を揺さぶってやまない。「あの人達の『人間』はもう死んで亡びてしまったんです。ただ、生命だけが、ぴくぴくと生きているのです。なんという根強さでしょう。誰でも癩(らい)になった刹那(せつな)に、その人の人間は亡びるのです。死ぬのです」

 ハンセン病の病院に入所した患者に、先輩患者はそう語る。それでも「僕等は不死鳥です」と生に希望をつなぐのである。そんな患者を国は差別し、断種まで強いた。世間の偏見がそれを許したと思うと、申し訳なさに涙がこぼれる

 ハンセン病は感染力が非常に弱く、特効薬の「プロミン」などで治る病気である。それなのに国は隔離政策をやめなかった

 元患者の家族が、強制隔離政策で偏見や差別を受けたとして、国に謝罪や賠償を求めて集団提訴する。家族の苦しみも計り知れまい

 阿南市は、北條の生誕100周年と市合併10周年を記念した「北條民雄文学賞」を来年2月末まで募る。あすは北條の命日。泉下の作家をしのびながら、入魂の文学の誕生を祈る。