英国首相チャーチルの手元に届いた1枚のメモには「赤ん坊は申しぶんなく生まれた」と書いてあった、と彼の著書「第二次世界大戦」(河出文庫)にある。米国側の使者はこう付け加えた。「原子爆弾が現実のものになりました」
 
 1945年7月17日。ベルリン郊外に米英ソの3国首脳が集い、ポツダム会談が開かれた時のことだ。米国大統領はトルーマン。情報は、既に反目していたソ連の書記長、スターリンにも伝えられた
 
 会談の議題は戦後処理だった。3国首脳の頭の中は、そればかりにとどまるまい。世界を一変させてしまうだろう原爆実験成功の報に、激動の未来図が渦巻いていたに違いない
 
 今度は、米中首脳会談のさなかだった。シリアを攻撃した米軍の巡航ミサイル59発は、中国の習近平国家主席、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長、ロシアのプーチン大統領にどんな衝撃を与えたか
 
 化学兵器の使用が事実なら許せない。ただ、国際問題の複雑な方程式を解くには、トランプ米大統領の決断はあまりに性急との見方もできるだろう。攻撃のタイミングも、政治的効果を狙って首脳会談に合わせたのかもしれない
 
 ポツダム会談の翌月、戦争は終わったものの、程なく冷戦が始まった。シリアへの巡航ミサイル59発。混沌(こんとん)とした世界を、さらにかき回すことになりかねない。