確かどこかに、と書棚を探した。「これが沖縄戦だ」(那覇出版社)は、亡くなった大田昌秀元沖縄県知事の手による写真集である。40年余り前、大田さんが米国防総省から入手し、持ち帰った千数百点が基になっている
 
 見たい1枚があった。米軍の尋問を受ける鉄血勤皇隊の少年2人の写真である。あどけない表情は、知覧や鹿屋の資料館で目にした特攻隊員の遺影ともだぶる
 
 「鉄の暴風」と形容される激しい攻撃の中、師範学校生だった19歳の大田さんも、勤皇隊の一員として戦場を駆けた。九死に一生を得たものの、多くの友人を亡くしている
 
 知事時代、沖縄戦の犠牲者の名前を敵味方なく刻む「平和の礎(いしじ)」を建立するなど、平和行政を推進した。1995年には米兵による少女暴行事件が起き、政府との対立もいとわず、基地問題の理不尽さを訴え続けた
 
 事実を淡々と追った写真集だが、最終章では感情がほとばしる。<沖縄住民にとっては、郷土が見る影もなく破壊し尽くされ、そのうえ当時の人口の三分の一に相当する十数万人を犠牲に供したにもかかわらず、戦後のその”見返り“が一体何であったかを問わずにはいられない>
 
 米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画が進む。いつかもらった手元の名刺が問う。「沖縄の痛みを、自らの痛みとして感じているか」。