はるか昔の中国。愚公はその時、90歳。行き来に不自由する人たちを見かねて、家の前にそびえる山を削り取ろうと思い立つ。「自分の代では無理でも、子や孫の代にはどうにかなるさ」。壮大な計画に乗り出した

 いつ果てるともしれない作業に、懸命に取り組む愚公。心意気に打たれた天の神は、山を別の土地に動かしてやる。「愚公山を移す」。努力すれば、いつかは成し遂げられることのたとえとして今に伝わる

 中国の民主活動家でノーベル平和賞受賞者、劉暁波氏も山に挑む一人といえるだろう。政権転覆扇動罪に問われ、現在は捕らわれの身。病状が悪化し、予断を許さない状態が続く

 きのう返還20年を迎えた香港で、統制強化に反発する市民数万人が民主化を訴えてデモ行進した。一国二制度が適用され、言論や集会の自由を保障した「高度の自治」が認められているはずだが、習近平指導部は「愛国」を強要し、締め付けを強めている

 一党独裁の裾野を広げ、早々に香港をのみ込んで「中国化」する構えだ。デモ参加者は、劉氏の即時解放を要求した。動かしようもないような山を動かす。劉氏はその象徴なのだろう

 あくまで民主化を求める愚直さと、つぶしてしまえという愚行と。二つの「愚」の、いずれに軍配が上がるか。愚公ならずとも、答えはおのずと明らかだ。