へたな俳句ならともかく、何事も「けり」を付けるのは難しい。戦争もまた。きょう「終戦の日」。ご存じの方も多いだろうが、先の大戦はこの日に終わったわけではない

 政府がポツダム宣言の受諾を連合国へ通達したのは14日深夜。戦争継続を主張する一部将校によるクーデターは失敗し、15日正午、昭和天皇の詔勅がラジオから流れた

 「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び…」。もはや空襲におびえることはなくなったが、これには「本土では」のただし書きが付く。この段階では一方的な意思表明にすぎず、戦争を完全に終結させるには正式な降伏の調印が必要だった

 作家半藤一利さんによれば、政府や軍部は国際法の常識を、よく知らなかったようである。9日、中立条約を破棄して侵入してきたソ連は、これにつけ込んで猛攻を続けた。日本側の戦死者は8万人ともいう。シベリア抑留を含めると、犠牲者はさらに万単位で増える(「ソ連が満州に侵攻した夏」文芸春秋)

 略奪に暴行、集団自決、残留孤児。満蒙開拓団の悲劇は「終戦」以降に起きた。戦闘にも巻き込まれ、72年前のきょうも大勢が死んだ。樺太や千島列島でも激しい地上戦があった

 9月2日、連合国の提示した降伏文書に調印し、日本の戦争は終わった。戦没者は計310万人。加害者であり被害者であった。