さまざまな人がいて、さまざまな考えがあって、社会は成り立っている。子どもたちの思考や感性の幅を広げてやるのが教育の第一の役割だろう。無理やり鋳型に押し込めて出来上がるのは、「想定外」の事態にまるで対処できないマニュアル人間ばかりだ
 
 事実なら、耳を疑う指導である。大阪府羽曳野市の府立高3年の女子生徒が、生まれつき茶色っぽい髪を黒く染めるよう教師らに強要され、不登校になったとして、大阪地裁に提訴した
 
 訴えによると、入学時に母親が「地毛なので配慮してほしい」と要請したが、学校側は拒否。痛みやかぶれが生じるほど何度も髪を黒く染めたにもかかわらず「不十分」「学校をやめるか黒染めするか選べ」などと指導し続けたという
 
 「たとえ金髪の外国人留学生でも規則なので黒く染めさせる」とも教師は説明したそうである。理解できない。持って生まれた身体の特徴を否定するのは明白な人権侵害だ
 
 ましてや、髪や瞳、肌の色もさまざまな生徒がいて不思議のない国際化の時代である。許されないというのなら、規則の方にこそ問題がありはしないかと、生徒と一緒に考えてみるのも教育だろう
 
 常識外れの指導には特別の事情があったのかもしれない。そうでないとしたら、教師は教師でも反面教師である。生徒たちよ、大いに抵抗せよ。