民俗学者の柳田国男が秋田県宮川村(現鹿角(かづの)市)で、こんな民話を収集している。その後半から-。命からがらお寺に逃げ込んだ小僧さん。追い掛けてきた鬼婆(おにばば)に、向かうは和尚さん、化け比べと相成った
 
 わしは豆腐になる。お前はみそに化けてみろ。だまされたのが鬼婆、勇んで化けたはいいが、和尚さんがぺろり。でも負けぬ。執念深く胃の中で暴れた。そこで和尚さん、小僧に持ってこさせた節分の豆。腹に放り込めば、これはこれはと鬼婆、おならとともに飛んで出て<人間の腹ほど恐ろしいものはない>と逃げ去った-
 
 鬼よりも人間の方がずるがしこい。そんな話も数々あるが、きょうは節分。鬼には本来の役割をしっかりと担っていただき、災厄退散「鬼は外」。幸い呼び込む「福は内」。これ、室町時代からの風習だとか
 
 邪気を払う豆。どうして豆かと調べると、仏法を守護する毘沙門天(びしゃもんてん)が言うことに、鬼の弱点、目を狙え。豆は「魔目(まめ)」、鬼も消え去る「魔滅(まめつ)」に通じるそうで。拾って食べるにも好都合。豆はいり豆に限る
 
 寒い毎日が続くけれど、こいつばかりは天地のならい。今年の恵方は南南東、イワシの味を見、太巻きにかぶりつき
 
 節分を過ぎれば立春。生命は動きだすのを待っている。それならば、少しばかりは気も早く<音なしに春こそ来たれ梅一つ>召波。