「雪辱」という言葉がこんなに似合う人は多くないだろう。平昌冬季五輪ノルディックスキーのジャンプ女子で、高梨沙羅選手が銅メダルを獲得した
 
 4年前のソチ五輪では1回目3位の後、2回目で失速。最も金メダルに近いと期待されながら、4位に沈んだ。おとといも1回目は3位だった。違ったのは、自分を信じて飛べたこと。最後に「渾身(こんしん)の一番いいジャンプ」を見せ、安堵(あんど)の涙を流した
 
 4年前の屈辱を糧にしたのは、スピードスケート女子1500メートルで銀メダルに輝いた高木美帆選手も同じだ。2010年のバンクーバー五輪に15歳で出場し、「天才」とまで呼ばれたのに、代表選考会で落選してソチ行きを逃した
 
 「あれほどの敗北感を味わっていなければ、今ここまで強い気持ちにはなれていなかった」。ナショナルチームでオランダ人コーチの練習に耐えた日々が、きつい最後の1周で生きた
 
 もちろん、いつも「努力すれば報われる」わけではない。しかし、力を尽くさなければ結果は得られない。スポーツが教えてくれることである
 
 フリースタイルスキーの男子モーグルで原大智選手が銅メダルを手にしたのも、海外での修行で鍛えられたおかげだった。ほとんど注目されていなかった選手も大舞台で輝く。諦めない気持ちさえあれば、チャンスは誰にでも巡ってくる。