その思い、その語りを読み返すたび、平和という言葉をかみしめる。俳人金子兜太(とうた)さんは戦後生まれの私たちに、若い俳人に多くのメッセージを残した
 
 海軍主計中尉で赴いた南洋のトラック島でのこと。補給路が断たれ元気だった隊員が、次々と餓死する。「急にやせて、仏様みたいな顔をして死んでいく・・・自分の浅ましさを思うほど、死んだ人に報いなければならないという気持ちが出てきました」
 
 4年前の本紙連載をたどると、豪快でユーモラスな語り口とは裏腹に、内面に秘められてきた戦争が生々しく迫ってくる。70年近く前の、遠ざかったはずの風景が傍らにあったのかもしれない
 
 親交のあった阿南市出身の俳人大高翔さんには、10年余り前のこんな思い出がある。金子さんを囲んで俳人仲間と訪れた北海道・知床。北方領土が見え、地元の人から「何とかしてほしい」との声も聞いた
 
 金子さんは、捕虜生活や、句を記した紙をせっけんの中に隠した話をしたが、そこには過ぎ去ったことへの恨み言はなかった。同行者で一番若い大高さんにはこう言ったという。「あなたは若いから何のしがらみもなく未来をつくっていける」。戦争体験がないのが強みである、と
 
 ずっと「戦後」であり続ける。平和を未来と自由の礎にしていく。金子さんの思いに報いなければならない。