【上】写楽「三世大谷鬼次の奴江戸兵衛」(日本浮世絵博物館蔵)【下】活動再開に向けて話し合う写楽の会理事ら=徳島市内

 江戸時代後期の浮世絵師・東洲斎写楽の正体とされる、徳島藩お抱えの能役者・斎藤十郎兵衛の過去帳を発見した県内の研究グループ「写楽の会」が、16年ぶりに活動を再開する。十郎兵衛没後200年の節目であり、東京五輪が開かれる2020年に向け、書籍出版や顕彰イベントの開催を目指す。写楽と徳島のつながりが強まった過去帳の発見から20年、写楽の魅力を徳島から世界に発信する好機となりそうだ。

 取り組みの柱は、インターネットを活用した国内外への魅力発信に加え、顕彰イベントと研究活動を両輪で進めていくこと。「研究仲間を増やして徳島の文化を盛り上げる」との目標も掲げ、新たに会員を募集する。

 先ごろ開いた理事会では、斎藤十郎兵衛の命日である3月7日を「写楽忌」として、広く周知していくことを確認した。相撲絵に描かれた徳島出身の力士勢見山の墓地(徳島市城南町1)など、写楽ゆかりの場所を訪ねるイベントや、研究書の出版、研究成果の報告会なども企画する。

 写楽は、ドイツの美術研究家ユリウス・クルトに、レンブラントやベラスケスと並ぶ三大肖像画家と位置付けられ、海外で最も有名な日本の画家の一人。写楽の会理事の丁山俊彦さん(70)=石井町浦庄=は「(写楽は)相撲や歌舞伎と並んで江戸のらん熟した文化を象徴する存在だ。写楽絵の魅力と江戸文化を、徳島から世界に発信していきたい」と話している。

 写楽の会は、1995年に発足。97年に、写楽と同一人物である可能性が高いとされてきた斎藤十郎兵衛が、1820(文政3)年に死亡したことを示す過去帳を埼玉県の法光寺で発見し、十郎兵衛が実在することを裏付けた。

 1998年から、写楽を顕彰する「とくしま写楽祭」を主催し、シンポジウムや研究発表、展覧会などを開いたが、2002年以降は大規模な主催イベントは休止していた。