政府の公文書管理のずさんさは、度を超えている。

 小野寺五典防衛相が、野党議員の資料請求に「存在しない」としてきた陸上自衛隊のイラク派遣部隊の日報が、存在していたと発表した。

 「なぜ今ごろになって」という疑問を禁じ得ない。

 小野寺氏は「南スーダン国連平和維持活動(PKO)日報問題の再発防止策の一環として丹念に探していて明らかになった」として、隠蔽を否定している。

 これに対し、野党は「政府ぐるみの隠蔽だ」と批判し、追及する構えだ。発見に至るまでの過程を徹底的に検証しなければならない。

 陸自は2004年1月~06年7月、イラク南部サマワに延べ約5500人を派遣して、医療、給水、公共施設の復旧整備などの支援活動を行った。

 活動地域は「非戦闘地域」に限定されたが、サマワでは04年10月に、宿営地にロケット弾が撃ち込まれたほか、05年6月には陸自車両を狙った爆発もあった。

 日報は04~06年の派遣期間中に作成された延べ376日分、計約1万4千ページで、電子媒体や紙媒体で見つかった。

 日報には、現地部隊の活動や治安情勢など、従来の記録にはない生々しい記述が含まれている可能性がある。自衛隊員の身の危険を含め、直面した状況を知る上で貴重な資料であるはずだ。

 日報を巡っては、昨年2月、当時の民進党議員からの資料要求に対して、防衛省は「不存在」と回答した。当時の稲田朋美防衛相も「確認したが見つけることはできなかった」と答弁している。

 ところが、南スーダンPKOの日報隠蔽問題を受けて調査したところ、陸自研究本部が今年1月12日に、陸上幕僚監部衛生部が1月31日に、文書の存在を陸幕総務課に報告した。

 陸幕が統合幕僚監部に一報を入れたのが2月27日で、統幕が小野寺氏に報告したのは3月31日だ。陸自や陸幕は「分量が多く内容の確認作業に時間がかかった」と釈明している。

 これでは、文民統制(シビリアンコントロール)が十分機能しているとは言えまい。

 南スーダンPKOの日報問題でも、防衛省は「陸自分は廃棄済み」と説明した。昨年3月の報道で保管の事実が明るみに出て、稲田氏が防衛相を辞任する事態になった。

 この時も、統幕が存在を把握してから稲田氏に報告するまで約1カ月かかった。

 どうして同じ失敗を繰り返すのか。それとも、報告の遅れには、何か別の意図があるのだろうか。

 折しも、森友学園を巡る財務省の決裁文書改ざんで、国民は政権への不信感を募らせている。

 国会では日報の記述を吟味し、政府が「戦闘地域ではない」としたサマワへの自衛隊派遣に無理がなかったか、掘り下げて議論してほしい。