天皇陛下の退位と皇太子さまの即位が1年後に迫り、政府は代替わりに伴う儀式の基本方針を公表した。一連の皇位継承儀式を執り行う上での基本的な考え方や内容を示したものだ。

 考え方の基本として、「憲法の趣旨に沿うこと」と「皇室の伝統」をうたっている。その上で、「昭和から平成へ」の前例は、現行憲法の下で十分な検討を加えられたとし、平成から次代への各式典も「踏襲されるべきものである」と結論づけた。

 確かに、前回の代替わりも今回も、同じ憲法の下である。しかし前回は、昭和天皇崩御という弔事が発端となり、新天皇即位という慶事が一体となって続いた。

 今回は、陛下自らが表明した「お気持ち」が発端だ。主権者の国民がこれに共感し、大きな原動力となって、退位・即位に向けた議論や手続きが進行している。

 退位日の決定の際、安倍晋三首相が述べたように、「憲政史上初めての事柄」なのである。「同じ憲法の下」ということで30年前の代替わり行事を「踏襲すべき前例」と断じるのには疑問がある。

 考慮すべきは「憲法の趣旨」「皇室の伝統」だけなのだろうか。平成の30年間で、天皇と国民の心の距離は一気に縮まった。それは多くの国民が実感していることだろう。天皇を巡る社会状況の変化も、大いに考慮すべきではないか。

 陛下の「象徴の務め」の根底にあるのは、「国民と共に」の精神である。新天皇となる皇太子さまも、その考えを引き継がれることを表明している。

 沖縄の戦争被害者やハンセン病の元患者など、時の政府に見捨てられてきた人々に寄り添い、光を当ててこられた。「象徴とは何か」を厳しく問い、務めを「全身全霊で」果たそうとされた。その積み重ねを国民は見てきた。

 陛下は、新天皇即位に関わる式典への出席を見合わせる考えだという。自らの存在感を極力小さくし、「権威の二重化」の懸念を振り払うためである。

 ならば、一層、陛下の退位に関わる行事に心を配るべきだ。国民と天皇、皇后両陛下との「最後の交流」の機会になるかもしれない。

 退位は200年ぶりで、踏襲すべき「前例」もないのだから、心のこもった行事の在り方を模索すべきである。

 政府の基本方針では、来年4月30日には、「退位の礼」を皇居・宮殿で行う。退位直前に国民の代表に会う儀式、という位置づけだ。

 内閣が助言と承認を行う「国事行為」としたため、陛下が自由な思いを公にすることは難しいだろう。2月24日には「国民こぞって在位30年を祝う」記念式典も開かれるという。

 まだ、細部は詰まっていない。陛下の日々の積み重ねと国民との交流を尊重したものにすべきである。