安倍政権が検討する放送制度改革は、あまりに乱暴だ。

 政府の内部文書によると、テレビ、ラジオ番組の政治的公平などを求めた放送法の条文を撤廃する。

 NHK関係を除いて、放送という制度を事実上なくし、インターネットの通信の規制と一本化。民放テレビ局はネット動画配信サービスと同列の扱いになる。

 規制緩和で新規参入や競争を促し、多様な番組を流通させる狙いがあるようだ。

 だが、さまざまな問題をはらんでおり、賛成できない。

 そもそも放送法は、戦争中にラジオが政府の宣伝に使われた反省に立ち、1950年に制定されたものだ。

 4条は<1>公序良俗を害しない<2>政治的に公平である<3>報道は事実をまげない<4>意見が対立する問題は多角的に論点を明らかにする―ことを放送局に求めている。

 政府が規制をかける根拠に利用されるため、4条を撤廃すべきだとの意見もあるが、戦後の民主主義の発展に寄与したことは確かだろう。

 4条が撤廃されれば、党派色が濃く、政権の代弁をする番組を数多く作れる。それが真の狙いとして透けて見えるようだ。「いつか来た道」をたどってはならない。

 政府・与党から疑問の声が上がるのも当然だ。野田聖子総務相は4条が撤廃された場合には「公序良俗を害する番組や事実に基づかない報道が増加する可能性が考えられる」と懸念を表明した。石破茂元幹事長も「偏った放送をしていい、というのが本当に民主主義にとって健全なことなのか」と述べた。

 改革では、NHKに限り、番組内容に関する規律を維持し、番組を放送と同時にネットで配信するのを容認する。

 民放側が「民放事業者は不要だと言っているのに等しく、とても容認できない」と反発するのも無理はない。

 政府は民放が果たしてきた役割をどう考えているのか。ニュースが強い影響力を持っているのは、内容が一定の信頼を得ている証しだろう。

 にもかかわらず、安倍晋三首相は「放送事業の在り方の大胆な見直しが必要だ」と主張する。これまで、政権に批判的な報道に神経をとがらせてきただけに、改革は放送局への威嚇だとみられても仕方がない。

 2016年2月には当時の高市早苗総務相が、放送法の定める「政治的公平」への違反を重ねる放送局に電波停止を命じる可能性に言及し、圧力ではないかと批判された。

 今回、一転して撤廃論が浮上したことには唐突感を拭い切れない。

 放送法の条文撤廃など放送制度改革を検討する安倍政権の方針については、共同通信の全国緊急電話世論調査で、反対が61・3%で、賛成の23・0%を大きく上回った。

 放送と通信の在り方を変えるのであれば、国民が納得する改革の道を探らなければならない。