防衛省が初めて公表した、2004~06年の陸上自衛隊イラク派遣部隊の日報には、複数の「戦闘」という記述があるなど、現地の生々しい様子が刻まれている。

 陸自の派遣は04年、米国が「有志連合」を率いて起こしたイラク戦争後の人道復興支援を名目に始まった。

 当時、戦闘が続く現地の情勢が武力行使を禁じた憲法と整合性が取れるのかといった激しい議論が起きた。「非戦闘地域」に限定した上で派遣に踏み切った経緯がある。

 しかし、公表された日報からは「非戦闘地域」と懸け離れた実態が改めて浮かび上がった。当時の判断は妥当だったのか。政府は国民の疑問に答えなければならない。

 これまで宿営地と周辺には十数回にわたり、ロケット弾や迫撃砲などによる攻撃があったことが判明している。

 05年6月23日には、自衛隊の車列近くで路上爆弾が爆発した。今回の文書では、車両の写真とともに、ミラーは割れて落下、車体には無数の傷といった被害状況や「活動開始の時間帯を狙われた可能性がある」などの分析が記されていた。06年1月22日分には「戦闘が拡大」という記述もあった。

 果たして「非戦闘地域」と言えるのか。緊迫した状況しか伝わってこない。

 きのうの参院外交防衛委員会で野党は「非戦闘地域」としてきた政府見解との矛盾をただしたが、小野寺五典防衛相は整合性は取れていると繰り返した。疑問が残る。

 問題なのは、今回公表された文書の中に、部隊の態勢など重要な部分が黒塗りされているのに加え、宿営地が迫撃砲などに狙われたことが判明している日の多くが含まれていないことだ。

 これでは、活動の全てを検証するのは困難だろう。黒塗りの部分には、隠しておきたい都合の悪い情報があるのではないか、と勘ぐられても仕方あるまい。

 イラク戦争の報告書に関して、英国は一昨年、政府の独立調査委員会が7年間に及ぶ綿密な検証を行い、参戦したのは失敗だったという結論を出している。

 日本は12年に、大量破壊兵器の存在に関する事実誤認はやむを得ないと結論付けているが、質量とも英国の調査とは比べものにならない。政府の姿勢が問われよう。イラクでの部隊の活動も含めて、しっかりと再検証すべきだ。

 それにしても、防衛省の文書管理の在り方を巡る問題はいつ終わるのか。昨年の国会で再三取り上げられ、当時の稲田朋美防衛相が辞任して幕引きとなったかに見えた。

 しかし、陸自南スーダン国連平和維持活動(PKO)部隊の日報も次々に発見されるなど、「ない」はずのものが出てきている。

 管理のずさんさばかりでなく、隠蔽(いんぺい)体質にメスを入れる必要がある。情報は国民と共有すべきだ。もう隠すことは許されない。