富山県・神通川流域で発生した「イタイイタイ病」が日本で初の公害病と公式に認定されてから、きょうで50年になる。

 悲鳴のような病名は、文字通り、患者が「痛い、痛い」と苦痛を訴えたことに由来している。

 中には数十カ所も骨折した女性や、背骨が変形して身長が30センチも縮んだ女性もいた。患者や遺族の悲しみと無念を思うと、胸が痛む。

 イタイイタイ病は、水俣病や新潟水俣病、四日市ぜんそくと並び、日本四大公害病の一つである。

 日本が近代化し、戦争を経て経済大国へと発展を遂げる過程で、公害は生まれた。

 企業が民需、軍需に応えようとして鉱工業、化学製品の生産を拡大する活動を、国は奨励した。その陰で企業の環境汚染を見過ごし、公害病が広がったのである。

 こんな過ちを繰り返してはならない。

 イタイイタイ病の原因は、神通川上流の三井金属神岡鉱山から流れ出た重金属のカドミウムを、住民らがコメや井戸、川の水を通じて摂取したことだった。

 カドミウムが体内に蓄積されると腎臓障害を起こし、骨が軟化して折れやすくなる。

 神岡鉱山は1874年に近代的な開発が始まり、1911年には最初の患者がいたとされる。しかし、長年、原因不明の奇病とみなされ、住民は偏見にも苦しんだ。

 61年6月に、地元の医師が学会で原因は鉱山のカドミウムだと発表。68年3月には患者と遺族が、三井金属に損害賠償を求めて提訴した。

 当時の厚生省が「原因は神岡鉱山から排出されたもの以外見当たらない」との見解を示し、初めて公害病として認めたのは提訴の2カ月後だ。

 住民たちの闘いが、国を動かしたと言える。

 国の対応の遅さは責められる。それでも認定の意味は大きかった。被害者救済と公害を巡る法整備の動きにつながったのである。

 認定患者や要観察者は、賠償や医療補償が受けられる。

 2013年になって三井金属は、カドミウムによる腎臓障害患者にも一時金を支払うことで、被害者団体と合意した。両者はイタイイタイ病の全面解決を確認するに至る。

 カドミウムで汚染された農地の復元事業は、12年にようやく完了した。一度汚染された環境を元に戻すのが、いかに難しいかが分かろう。

 神通川のカドミウム濃度は国の環境基準値を大きく下回っている。住民は毎年、神岡鉱山に立ち入り調査を続け、鉱山側は汚染水流出防止装置などの対策を講じてきた。今後も適切な対応が不可欠だ。

 企業や工場が、法令を順守し、環境対策に万全を尽くすのは当然のことだ。

 発展途上国で類似した公害病が発生する恐れもある。日本が得た医学的知見や最新の環境保全技術を、公害対策に生かすことが大切である。