クッシェルさんが制作したベートーベン像=鳴門市ドイツ館前
彫像「悲しみを超えて」=徳島市の西部公園

平和の願い彫像に込め

 鳴門市大麻町の市ドイツ館前に立つベートーベン像は、第1次大戦時の板東俘虜収容所で「第九」がアジア初演されたシンボルとなっている。

 1997年5月、鳴門市制50周年事業として制作したのは、ドイツ中部のエッツェルヴァングで暮らす彫刻家ペーター・クッシェルさん(77)。妻和子さん(62)は徳島市出身で、「徳島の彫刻文化を育てる会(現・進める会)」の中心だった小林嘉吉さん(2005年、93歳で死去)の仲介で像を手掛けることになった。

 ペーターさんによると、物思いにふける「静」の像ではなく、躍動感のあるベートーベンの曲をイメージして「動」の像とした。

 「『第九』アジア初演の地でベートーベンの銅像を造れたことは、ドイツ人彫刻家として大変名誉なことだった」と語る。

 元シベリア抑留者でもある小林さんは、徳島市の西部公園で眠る板東のドイツ兵捕虜2人のために墓所を整備した。この場所で毎年鎮魂の歌をささげている徳島少年少女合唱団と、和子さんの縁は深い。

 1993年、合唱団にとって初のドイツ公演を呼び掛けたのが、和子さんだった。

 和子さんは当時、ドイツNPO国際交流協会(本部・ボン)が主催する国際青少年音楽祭の日本担当者。「ウィーン公演など合唱団の海外での活躍は耳にしていた。徳島に里帰りしたとき実際に歌声を聴き、ぜひドイツでも歌ってほしいと思ったんです」

 以来、11回を数える合唱団のドイツ公演を裏方として支え続けてきた。合唱団指揮者の上田収穂さん(87)は「公演地の下見やスケジュール調整をはじめ、クッシェル和子さんのサポートがあるからこそ、ドイツで歌うことができる」と感謝する。

 クッシェルさん夫妻と徳島の結び付きで、もう一つ欠かすことのできないものがある。西部公園にある「悲しみを超えて」と題した記念碑の彫像だ。

 戦争で息子を亡くした夫婦が肩を寄せ合う姿を表現した像は、小林さんの墓所整備に感銘を受けたペーターさんによって寄贈された。

 ペーターさんの父は第2次大戦時に出征して旧ソ連で亡くなり、母親の兄弟4人も全員戦死した。「この像は私の祖父母をイメージし、二度と戦争を繰り返さない社会を願って造った」と言う。

 彫像の完工記念式が催された97年5月18日に合わせ、小林さんは墓所の一角にタイムカプセルを埋めた。墓所整備の記録を収めたものだ。開封日は2047年5月18日。既に20年が過ぎたが、掘り起こされるのは30年後のこととなる。

 クッシェルさん夫妻は「この日を忘れないように」と、彫像の図柄と日付を刻んだレリーフも造った。夫妻にはカプセルを開封する人たちに伝えたいメッセージがある。

 「戦争によって無念の死を遂げた人、つらく悲しい思いをした人がたくさんいたことを忘れないでほしい。そしてあなたたちが、未来に向けて戦争のない平和な社会を築いてほしい」

 その言葉は、西部公園のドイツ兵墓所に関わった全ての人たちの思いでもある。