「いってらっしゃい」。昨年末、NHK紅白歌合戦にデビュー23年目で初出場した演歌歌手市川由紀乃さんの背中を押して舞台に送り出した。「独特の緊張感の中、気丈に歌い切った。夢をかなえた姿はとても美しかった」。2010年から担当ディレクターとして寄り添い、悲願達成の瞬間を舞台袖から見守った。
 
 小学3年で徳島少年少女合唱団に入り、海外公演にも参加。東京芸大声楽科ではプロを志す仲間と切磋琢磨(せっさたくま)したが、レコード会社のディレクターという裏方を選んだ。CD制作を手掛け、コンセプト作りから作詞家、作曲家の選定、若手なら歌い方や礼儀まで指導する。「経験やセンスが物を言う。一番大切なのは歌手との信頼関係」と語る。
 
 キングレコードでの5年目に突然上司から演歌・歌謡曲担当への転向を促された。クラシック音楽しか手掛けたことがなかったため不安が募る中、今年4月に83歳で亡くなったペギー葉山さんの担当になった。大ベテランは最初から「あなたはどう思う」と意見を聞き、尊重してくれた。
 
 「南国土佐を後にして」を最初に提案されたとき「ジャズ歌手に歌謡曲は歌えない」と断ったが、ディレクターの懇願に思いを改め挑んだところ、曲は大ヒットを収めたという裏話を聞いた。「ペギーさんは『求められるものに応えようと歌った歌が今では財産になっている』と。その言葉に勇気をもらった」と振り返る。デビュー65周年記念リサイタルを9月に控え、準備を進めていた最中の訃報だった。「私にとっての『芸能界の母』から学んだことをしっかりと受け継いでいきたい」
 
 一昨年秋、小松島市出身の俳優大杉漣さんが神山町で開いたコンサートを聴きに帰省した。「自分や古里のことを熱唱している姿に感激した」と語り「将来、徳島出身のアーティストやスタッフで曲が作れたらすてき」と目を輝かせた。