「最高の素材で作った料理をちゃんとした器に載せ、一番良い状態で出す。気持ちがすきっとする瞬間だね」。日本の食文化の発信地・京都で日本料理店を開き23年。今や食通や著名人らも足しげく通う日本有数の名店になった。

 ウニやアワビ、マツタケなど最高級の食材を用意し、素材を生かした料理に仕立て上げ、中国・明代の陶磁器や江戸期の陶工尾形乾山の角皿などに盛り提供する。「スダチはもちろん、ハモや貝類、野菜など、徳島の素材はものがいいので頻繁に使っている」

 親や親類は公務員が多く、料理とは縁遠い家柄だった。家ではよく宴会が開かれ、料理の盛り付けなどを手伝ううち、小学5年生で「料理人になる」と決意した。周囲から反対に遭っても信念を曲げず、両親が根負けし中学卒業と同時に知人のつてで京都の料理部屋へ弟子入りした。

 しかし、憧れた世界は過酷だった。見習いの時は朝3時に起き、日が変わる頃まで雑用や兄弟子の世話に奔走。寝る時は布団を敷けず、押し入れの中で壁にもたれかかって仮眠を取った。20歳を過ぎて揚げ物や焼き物、煮物などの調理を一つ一つ身に付けた。

 自分の店を出したのは31歳の時。先斗町の雑居ビルの2階で、10人ほどが入れば満席になる小さな店だった。広告は出さず当初は苦しんだが、口コミで評判が広がり気付けば人気店になっていた。13年前に現在の場所に移し、来店者を迎える日々だ。「厳しい日々があって今がある。料理は天職ですね」とほほ笑む。

 食材を通じてつながりは深いものの古里は遠い。思い出すのは16歳の光景だ。お盆に休みをもらいフェリーで帰省した。徳島に近づくにつれ、少しずつ大きく、はっきりと見えてくる眉山。知らず涙が頬を伝った。「今はどうなっているんだろう。同窓会とかがあれば参加してみたいなあ」。

 すずえ・よしひと 徳島市出身、加茂名中卒。本名は良人。1994年に開店し、2004年に平安神宮や南禅寺に近い京都市左京区へ移転した。店舗はミシュランガイド京都・大阪2017で二つ星を取得し、年内は予約で埋まっている。54歳、京都市在住。