沖縄県糸満市摩文仁(まぶに)の「平和の礎(いしじ)」は、太平洋戦争末期の沖縄戦の犠牲者名を、国籍を問わず刻んでいる。

 今年58人が追加され、刻銘者数は計24万1525人になった。うち徳島県出身者は1285人に上る。

 沖縄はきょう、戦後73年の「慰霊の日」を迎えた。旧日本軍が沖縄での組織的戦闘を終結したとされる日である。

 礎のある平和祈念公園では追悼式が開かれる。徳島県民の犠牲も多かった戦いだ。共に冥福を祈り、平和への思いを新たにしたい。

 軍民が混在した沖縄戦では住民の4人に1人が亡くなった。10代の学生生徒も無縁ではなく、「鉄血勤皇隊」や「ひめゆり学徒隊」の悲劇はよく知られている。

 戦後も1972年まで米軍の施政権下に置かれ、「銃剣とブルドーザー」と呼ばれた強圧的な手法で、次々と基地が建設された。反対運動の激しい本土の基地を引き受けさせられた側面もある。

 その結果、国土面積の0・6%の沖縄に、在日米軍専用施設の約70%が集中し、基地に伴う事件事故は後を絶たない。本土復帰以降、昨年末までに、米軍人らによる犯罪が5967件、米軍機関連の事故は738件起きている。戦中戦後、住民が払った多大な犠牲に見合わない過重な負担であることは明らかだ。

 この上になお、日本政府は名護市辺野古に新基地の建設を強行しようとしている。「世界一危険」と言われる米軍普天間飛行場は、一日も早く運用を停止させなければならない。だが、辺野古移設が唯一の解決策とする国の方針は、県民の意識と懸け離れていると言わざるを得ない。

 今月11日にも嘉手納基地所属のF15戦闘機が沖縄沖に墜落した。そのわずか2日後、原因も明らかにされないまま同型機の訓練は再開された。

 米軍機が日本の空をわが物顔に飛べるのは、在日米軍の法的地位を定めた日米地位協定でそれを認めているからだ。日本の国内法は原則的に米軍には適用されない。航空法が定める最低飛行高度も米軍機は対象外となっている。

 北大西洋条約機構軍として米軍が駐留する欧州では事情が違う。沖縄県の調査によると、ドイツは米軍機にも航空法を適用し、夜間早朝の飛行を制限している。イタリアでも飛行高度の規制は強化されてきた。

 さらに両国には、地元の苦情などを反映させるため、自治体や米側も入る委員会がある。同じ第2次大戦の敗戦国ながら、最低限、言うべきことを言ってきたのである。

 日米地位協定は、米軍機の訓練ルートが設定されている本県の住民の安全安心にも密接に関わる問題だ。見直しを急ぐ必要があろう。

 米朝首脳会談を受け、東アジアの安全保障環境は大きく変わりつつある。米国への過剰な配慮と決別しなければ、日本は変わる時代の「蚊帳の外」に置かれかねない。