久慈商戦で7点差を八回に追い付き、九回にサヨナラ勝ちし喜ぶ徳島商の選手たち=1993年8月15日、甲子園球場

 池田が第65回(1983年)で夏春夏の3連覇を逃した後は、同校と徳島商の2強がしのぎを削る時代が続いた。第66回(84年)は、徳島大会決勝で池田を破った徳島商が春夏連続出場。1回戦は上尾(埼玉)に延長戦の末、惜敗した。

 第67回(85年)は、春の選抜大会で県勢初となるアベック出場を果たした徳島商と池田が、徳島大会2回戦で激突し、延長十回にサヨナラ勝ちした徳島商が甲子園に駒を進めた。1回戦の東邦(愛知)戦は、5番松井英明の2本塁打など21安打全員得点で、同校20年ぶりの夏勝利を挙げた。2回戦は春の選抜1回戦で敗れた鹿児島商工(鹿児島、現樟南)に再び黒星を喫した。

 第68回(86年)、第69回(87年)、第70回(88年)は池田が3年連続で出場した。第68回では、春の選抜で2度目の優勝を果たし春夏連覇に挑んだが、1回戦で明野(三重)に完敗した。池田は夏5度目の出場で初の初戦敗退だった。

 選抜の4強に続いて上位進出を狙った第69回は、1回戦で八戸工大一(青森)にサヨナラ勝ち。2回戦の中京(愛知、現中京大中京)戦は、延長十回にサヨナラスクイズを決められた。第70回は初戦の2回戦で浜松商(静岡)と戦い、延長十四回にサヨナラ打を浴びた。

 第71回(89年)には小松島西が初出場した。1回戦の吉田(山梨)戦は1―0とリードしながら六、七回に計3点を奪われ逆転負けした。

 第72回(90年)の徳島商は1、2回戦と2試合連続2桁安打を放ち、投げては後にプロ野球の中日に進んだ2年生右腕佐々木健一が好投。3回戦の日大鶴ケ丘(西東京)戦で延長十回の末に惜敗した。

 3年ぶりに出場した第73回(91年)の池田は、甲子園春夏37勝の蔦文也監督が体調を崩したため、岡田康志コーチが代わって指揮を取った。1回戦14安打、2回戦20安打と打線が爆発。3回戦で帝京(東東京)にサヨナラ負けした。

 第74回(92年)の池田は正式就任した岡田監督が率い、県勢9年ぶりの8強進出を果たす。初戦の2回戦を圧勝すると、3回戦の神港学園(兵庫)戦は2―3の九回裏に2点適時打で逆転サヨナラ勝ちした。拓大紅陵(千葉)との準々決勝は1―0の九回、逆転2点本塁打を打たれ、4強入りはならなかった。

 第75回(93年)は、プロ野球の中日と大リーグのアトランタブレーブスで日米通算125勝を挙げた川上憲伸を擁する徳島商が、県勢として2年連続の8強入り。初戦の2回戦の久慈商(岩手、現久慈東)戦は球史に残る大逆転劇を演じ、0―7の八回に1死から8安打で同点に追い付くと、九回に適時打でサヨナラ勝ちを収めた。

 3回戦の智弁和歌山(和歌山)戦は川上が1得点に抑え、一、二回に奪った2点を守り切った。準々決勝の春日部共栄(埼玉)戦は、右手中指にまめができた川上が、万全の投球をできず大敗した。(敬称略)