8強進出を決め校歌を歌った後、笑顔でスタンドにあいさつに向かう鳴門工の選手たち=2002年8月18日、甲子園球場

 第76回(1994年)は、小松島西が春夏5度目で甲子園初勝利を挙げた。初戦の2回戦で海星(三重)を延長十回の末に破り、徳島県勢春夏通算100勝目を飾った。3回戦は北海(南北海道)に五回までに13点を奪われ完敗した。

 第77回(95年)は15年ぶりとなった鳴門が、1回戦で山梨学院大付(山梨、現山梨学院)と対戦。五回までに5―2と先行しながら、逆転負けした。

 阿南市内から初めてとなる新野が出場したのは、第78回(96年)。1回戦を完封勝ちし2回戦の明徳義塾(高知)戦は0―3の七回、集中打で同点に追い付き、九回に中犠飛で決勝点を挙げた。3回戦は優勝した松山商(愛媛)に四回までに7点を奪われ、8強進出はならなかったものの、徳島大会からの相次ぐ逆転劇で「ミラクル新野」と呼ばれた。

 第79回(1997年)からは、4年連続で徳島商が甲子園に駒を進めた。

 第79回は、春の選抜大会1回戦で優勝した天理(奈良)にサヨナラ負けした悔しさを胸に挑んだ。1回戦の新湊(富山)戦、2回戦の佐賀商(佐賀)戦をそれぞれ13安打、12安打で打ち勝つと、3回戦の西京(山口)戦は7―8の八回、2死走者なしからの3連打で一挙に逆転勝ちし、4年ぶりのベスト8入り。準々決勝の平安(京都、現龍谷大平安)戦は1―1で迎えた延長十回、1死満塁から走者一掃の三塁打を打たれ、惜敗した。

 4季連続の出場となった第80回(98年)は、1回戦の対岐阜三田(岐阜、現岐阜城北)戦で3投手が継投し2安打1点に抑えたものの、打線が振るわず完封された。第81回(99年)は後にプロ野球横浜(現横浜DeNA)に進む右腕牛田成樹が、1回戦で北海(南北海道)から毎回の13三振を奪い1失点完投。2回戦の滝川二(兵庫)戦は1―1の六、八回に1点ずつ失い競り負けた。

 第82回(2000年)は、春の選抜大会8強の福島商(福島)を相手にした1回戦で、長短15安打を放ち10―2で圧倒。2回戦の仙台育英(宮城)戦も2試合連続2桁得点で制し、県勢夏50勝目を挙げた。3回戦の長崎日大(長崎)戦は2―3から六、七回に計3点を奪われた。

 第83回(01年)、第84回(02年)は、鳴門工(現鳴門渦潮)が連続で土を踏む。28年ぶりとなった第83回は、1回戦で大敗。翌春の選抜大会は準優勝し、第84回も活躍する。

 1回戦の日大東北(福島)戦を11安打9得点で夏29年ぶりの勝利を挙げると、2回戦の一関学院(岩手)戦は2―3の七回に4長短打で3点を奪い、逆転勝ちを収めた。3回戦の玉野光南(岡山)戦は2―3で迎えた八回にスクイズ(内野安打)で同点に追い付き、九回に打者10人の猛攻で突き放した。

 準々決勝では智弁和歌山(和歌山)に二、三、七回に長短打を浴び7失点。打線は再三好機をつくるものの、一回の1得点にとどまり、4強進出は絶たれた。 (敬称略)