終戦から73年となる8月15日を迎えた。

 戦争の犠牲者らの冥福を祈りながら、共に平和の大切さをかみしめたい。

 天皇陛下は皇后さまと共にきょう、平成最後となる全国戦没者追悼式に臨まれる。

 即位後、欠かさず式典に出席されてきた。戦没者を悼み、遺族らを励まし続け、平和を願ってきた。

 陛下は皇太子時代から「忘れてはならない四つの日」として、終戦記念日、広島と長崎の「原爆の日」、6月23日の沖縄慰霊の日に、皇后さまと共に黙とうしている。

 悲劇の記憶を継承することの大切さを強調されてきた。国内外を巡る「慰霊の旅」も続け、戦争で命を失った人たちに思いを寄せてきた。

 時代は移り変わるが、私たちにも、「戦後」の暮らしを守っていく責務がある。

 太平洋戦争を巡っては、まだ埋もれたままになっている史料が多い。語らずにきたことについて重い口を開き始める体験者もいる。

 それを丹念に掘り起こし、検証し、記録していくことが大切である。

 徳島県内で、戦争の記録と保存の意義を重視してきた一人が、昨年12月に87歳で亡くなった阿南市の郷土史研究家湯浅良幸さんだ。

 戦争が続いていれば、特攻艇の隊員になっていたかもしれなかったという。「日本人は、のど元過ぎれば、すぐに忘れる」と戦争の記憶が風化するのを危惧していた。

 容赦なく人の命が奪われていく。多感な時期に受けた衝撃が駆り立てたのだろう。風化していく事実や記憶を書きとどめ、戦争の愚かさを証明することに腐心した。

 「徳島大空襲・手記編」を皮切りに5冊、記録をまとめるなど心血を注いだ。そうした思いを引き継いでいかなければならない。

 徳島新聞文化面に掲載された、ファッションデザイナーの森英恵さんら4人の「8月に思う」から伝わってくるのも、戦争の悲惨さ、愚かさであり、命の尊さである。

 その一人、フレンチレストランオーナーの坂井宏行さんは終戦時3歳だった。戦死した父の顔を覚えていない。

 高校を辞めて料理人を目指したのはひもじい思いをしないですむからだった。「食は命をいただくこと。無駄にしていい命などありません」との言葉は重い。

 戦争を体験した人たちにとって、広島原爆の日から、この終戦記念日まで特別な日が続く。死と向き合い、死を覚悟するような日々を送った、その記憶は鮮明だ。

 73年の歳月が流れ、体験者の高齢化は著しい。戦禍を知る人は減っている。風化にはあらがえないが、戦争を経験していない世代に伝え続けていくことが重要だ。

 格差や貧困など戦争を引き起こしかねない原因も顕在化し、テロや紛争も絶えない。国の将来や方向性に、目を凝らしていく必要がある。