法人概要

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 県民とともに歩み続ける、徳島新聞

newspaper
徳島新聞社では朝刊、夕刊を発行し、地元ニュースから世界各地のニュースまで新鮮情報を幅広くお届けしています。 県内外に取材拠点(支局)を多数設置し、多くのスタッフの力と情報の集結により新聞がつくられています。 これからも徳島新聞社は県民の皆様の暮らしに役立つ情報をお届けしていきます。

法人概要

団体名 一般社団法人徳島新聞社
設  立 1944年6月1日
代表者 理事社長 米田 豊彦
事業内容 新聞発行業
発行部数 朝刊235,029/夕刊41,440(2015年1月現在)
世帯普及率 朝刊世帯普及率76.13%(2015年1月現在)

役員一覧

植田 和俊 理事会長
米田 豊彦 理事社長 販売・営業担当(兼務)
吉村 昇 理事 事業担当 事業局長・地域連携推進室長
宮本 正 理事 編集・編成・システム・NIE担当 編集局長
喜多條 高資 理事 財務・労務・印刷・関連会社担当 総務局長
竹内 洋一 監事(非常勤)

事業所

本  社 徳島県徳島市中徳島町2丁目5-2 088-655-7373
東京支社 東京都中央区銀座7丁目11-6 03-3573-2616
大阪支社 大阪府大阪市北区堂島浜2丁目1-29古河大阪ビル 06-6345-0316
高松支社 香川県高松市宮脇町2丁目37−8-701 087-861-5025
鳴門支局 徳島県鳴門市撫養町南浜字東浜296 088-686-2691
松茂支局 徳島県板野郡松茂町笹木野 088-699-3707
板野支局 徳島県板野郡板野町大寺字大向34
088-672-1458
小松島支局 徳島県小松島市小松島町新港36-22 0885-32-0622
阿南支局 徳島県阿南市学原町烏帽子池4 0884-22-2101
石井支局 徳島県名西郡石井町石井402-10 088-674-0071
阿波吉野川支局 徳島県吉野川市鴨島町西麻植 0883-24-2347
美馬支局 徳島県美馬市脇町拝原 0883-52-0151
三好支局 徳島県三好市池田町マチ 0883-72-1235
那賀支局 徳島県那賀郡那賀町土佐 0884-62-1800
美波支局 徳島県海部郡美波町奥河内 0884-77-1738
牟岐支局 徳島県海部郡牟岐町中村本村54−43 0884-72-0134
印刷センター 徳島県徳島市東沖洲1丁目8 088-636-0720
カルチャーセンター
本校 徳島県徳島市川内町平石若宮92-4 088-665-8500
そごう校 徳島県徳島市寺島本町西1-5 そごう徳島店9階 088-611-3355
鴨島セレブ校 徳島県吉野川市鴨島町鴨島151-1 0883-26-0730
阿南アピカ校 徳島県阿南市西路見町堤外65-1 0884-24-3070

関連会社・関係会社

公式キャラクター

徳島新聞のキャラクターとして、徳島新聞紙面にも登場します!

とくちゃん

とくちゃん

しまちゃん

しまちゃん

沿革

  • 1944年6月1日:社団法人「徳島新聞社」創立。第1号発刊。4ページ建て3万8000部
    德島新聞歴史(創刊当時の社屋)①徳島新聞の朝刊第1号 第1面の全体写真(昭和19年6月1日付け)

    德島新聞歴史(創刊当時の社屋)

    創刊当時の社屋

    ①徳島新聞の朝刊第1号 第1面の全体写真(昭和19年6月1日付け)

    徳島新聞朝刊第1号

  • 1945年7月4日: 徳島大空襲 により社屋焼失。その日の新聞は休むが、翌5日付から発行
  • 1946年7月20日: 「徳島こども新聞」創刊(1951年廃刊)
  • 1948年5月5日: 徳島市幸町の旧社屋跡地に新社屋落成この年「大阪支社」 開設
  • 1948年10月7日: 社是「われらの信条」制定、朝刊で発表

    1

    <左>当時の本社社屋 <中>増築された本社前で選挙速報に見入る県民 <右>「われらの信条」を発表する朝刊

  • 1949年10月21日: 独立夕刊紙「徳島夕刊」創刊(翌年廃刊)
  • 1953年3月1日: 戦時統制の一つである 供販制から専売制へ移行
  • 1954年3月1日: セット夕刊発刊。朝刊とのセット購読者宅へ3万6000部を配達
  • 1954年10月31日: 徳島民報を吸収合併。 (朝刊10万部突破)
  • 1955年4月1日: 「高松支社」 開設
  • 1957年10月31日: 東京・銀座7丁目に自社ビル 「東京支社」 落成
  • 1962年4月1日: 徳島市幸町の旧社屋跡地に 「新聞放送会館」 落成
  • 1967年4月2日: 紙面カラー化 (多色刷装置導入)
  • 1967年12月1日 朝刊13万部突破。県内世帯普及率(当時67.26%)が日本一に
  • 1974年3月23日: 版を鉛版から合成樹脂版に切り替え
  • 1980年1月1日: 朝刊20万部突破 (県内世帯普及率86.1%)
  • 1985年3月21日: 徳島市中徳島町の現社屋 「新聞放送会館」 が完成し、本社移転。
    新社屋にオフセット式の新聞印刷輪転機を導入。フィルム製版となり、版は合成樹脂版からアルミ製の平版(PS版)に切り替え
    徳島新聞オリジナル情報処理システム(愛称・TOPICS) が始動し、鉛活字と手作業の新聞製作から コンピューター電子組版システム(CTS) へ朝・夕刊とも全面移行
  • 1993年5月24日: 記者ワープロシステム 導入
  • 1993年9月4日: 新画像システム稼働。文字と写真が同時にコンピューター処理され速報性アップ
  • 1994年6月1日: 創刊50周年。朝刊24万部、夕刊5万部に(県内世帯普及率89.34%)
  • 1997年10月3日: 『さらら』をタブロイドサイズにて発行(0号は8月3日)
  • 1998年12月2日: 徳島市東沖洲(マリンピア沖洲)に 「印刷センター」 完成。最大40ページ、16面カラー体制に(毎時13万部の印刷能力)
  • 1999年1月1日: 朝刊25万部
  • 1999年10月1日: 新編集システム( 整理記者組み版=ELS )始動
    ※整理記者がレイアウトした下書きを見ながら紙面作りの専門家(制作部員)が紙面を組み立てていましたが、整理記者自身が思いのままにコンピューターで紙面をレイアウトできるようになりました。
  • 1999年12月5日: 紙齢2万号
  • 2003年4月1日: 編集システムを強化(処理能力が従来の5倍に)
  • 2004年5月12日: 創刊60周年記念企画 「移動編集局」スタート
  • 2008年4月1日: 新聞広告原稿を電子データでオンライン送入稿できるシステム(EDI)始動
  • 2008年6月16日: 編集システムを全面刷新
  • 2008年10月15日: 自動製版機(CTP) 導入※フィルム製版から、レーザーによる版への直接描画システムに移行
  • 2009年1月1日: 全国に先駆け高画質画像(写真)の FMスクリーン 技術を導入
  • 2012年4月1日: 一般社団法人に移行 (朝刊25万部、夕刊5万部)県内世帯普及率 日本一の80.73%
  • 2013年4月1日: 株式会社徳新事業社に新聞印刷を委託開始
  • 2014年1月1日: 週刊「阿波っ子タイムズ」をタブロイド版にて創刊
  • 2014年6月1日: 徳島新聞創刊70周年

徳島新聞の原点「普通新聞」

zu

1876(明治9)年4月、徳島県内に「普通新聞」と「徳島毎日新聞」が生まれた。後者はまもなく消えて行ったが、普通新聞は改題、合併、組織替えを経て、現在の徳島新聞に続いている。
徳島新聞は、株式会社組織が1944(昭和19)年6月に社団法人に改組されて新発足したのを起点として、2004(平成16)年6月1日に創刊60周年を迎えたが、この普通新聞から数えると1世紀以上の長い歴史を持っている。なお徳島県初の新聞は「名東縣新聞」(当時の徳島県の名称は名東県)で1873(明治6)年発行とされる。

われらの信条

われらの信条③

  1. われらは公共の福祉を守る 公正なる言論、真実の報道を力として
  2. われらは社会に先駆する 自由のため、平和のため、そしてよりよい生活のために
  3. われらは文化の灯となる 清新なる紙面、敏速なる報道、滋味ある記事、高い文化の明日のために
  4. われらは県民と共に行く 民生に、産業に、大徳島への道をたゆまず開いて
  5. われらはまず自らを試す 品性と努力と、そして不断の反省とで

■創刊5年目の1948年(昭和23年)、「第1回全国新聞週間」最終日の10月7日、朝刊で発表。5ヶ条からなる信条は、記者をはじめ、社員全員の精神的よりどころとして、折にふれて取り上げられ、今も脈々と息づいています。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする