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社説
5月3日付  憲法施行70年(下)  不断の努力で人権守ろう  
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 憲法は私たちの生活の中で生かされているだろうか。

 平和主義、国民主権と並んで憲法が基本原理とするのが、「基本的人権の尊重」である。

 誰もが自由で平等に生きる権利を持っている。そういうことだが、見回してみると、必ずしも大切にされているとは言えない実態がある。

 11条は、基本的人権について「侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と宣言している。

 憲法の施行から70年を迎えた。いま一度、その意味を考える時である。

 基本的人権で注目したいのは、個人の尊重や幸福追求権をうたった13条である。「すべて国民は、個人として尊重される」としているが、現実は違うようだ。

 弱い人や少数者、異なる意見を排除しようとする風潮が強まっている。学校ではいじめの問題が深刻化し、東京電力福島第1原発事故で避難した子どもに対する嫌がらせの報告も絶えない。

 「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という25条の生存権もまた、危うくなっている。

 非正規雇用が4割を超えるなど、低い賃金で働く人が増えてきた。相対的貧困率は2012年に16・1%となり、子どもの貧困率も16・3%と過去最悪を更新した。

 生涯未婚率が高まっているのも、これらと無関係ではあるまい。6人に1人が苦しい生活を送る現状は、変えなければならない。

 人が人として大事にされず、排外主義がはびこる社会は生きづらい。憲法が「人間の尊厳」の重要性を強調しているのは、そんな世の中にしないためではないか。条文に込められた意図をしっかりとかみしめたい。

 憲法の理念とは裏腹に、息苦しさが増しそうな法案が国会で審議中だ。「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ「テロ等準備罪」を設ける組織犯罪処罰法改正案である。

 法案には、適用範囲が曖昧で、一般の人も捜査の対象になるといった危惧がある。正当な市民活動が当局の恣意(しい)的な運用で罪に問われかねないとなれば、物が言えない社会になる。

 31条などが定める「罪刑法定主義」に反するばかりか、民主主義の根幹である表現の自由も侵されよう。

 憲法は、基本的人権を「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」だとし、「過去幾多の試錬(しれん)に堪へ」てきたとする。そして「国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない」と命じている。

 誰かから与えられたのではなく、先人が勝ち取ってきた自由と権利である。おろそかにすれば、容易に手から離れてしまう。

 暮らしの中で生かし、次の世代に引き継ぐことが私たちの務めである。

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