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鳥居龍蔵、小学校卒業していた 人類学者、自伝には「退学」   2016/1/22 17:43
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鳥居龍蔵、小学校卒業していた 人類学者、自伝には「退学」 小学2年で中退しながら東京大助教授にまでなったとされる徳島市出身の人類学者鳥居龍蔵(1870~1953年)の小学校卒業証書が、同市の県立鳥居龍蔵記念博物館で見つかった。少なくとも小学校を修了していたことを示す資料として研究者の注目を集めている。鳥居は晩年に書いた自伝で「小学校を退学した」と記し、関連の文献でも踏襲されてきたが、今後は修正が迫られそうだ。

 確認されたのは1881(明治14)年の新町小学校尋常小学下等科卒業証書。数年前に所蔵資料の中から見つかった。卒業時は現在の小学4年に当たる。当時は学制がめまぐるしく変わった時期で、下等科の4年間が一般的な小学校課程とされていた。

 検証を進めていた同館で昨年11月、上智大文学部長だった1931(昭和6)年の日付が入った鳥居の履歴書を新たに確認。「尋常小学は寺町(現新町)小学校ニテ学修、高等は中途ニテ退学」と書かれ、押印もされている。

 同館はこれらの資料から「鳥居は少なくとも尋常小学校は卒業していた」と判断した。

 鳥居の学歴は自伝「ある老学徒の手記」に「尋常小学校を中途で退学し、専ら独学で自修」と書かれている。顕彰会が鳥居の親族の協力を得て1965年に出した「図説鳥居龍蔵伝」など多くの資料にも同様に記されており、小学校中退は鳥居を語る上で欠かせないエピソードとして定着していた。

 高島芳弘館長は「鳥居が故意に矛盾した記述をしたとは考えられないが、自伝をまとめたのは80歳ごろで記憶の錯誤があったのかもしれない。今後も資料を丁寧に調べたい」と話している。

 鳥居龍蔵を語る会会長の天羽利夫さん(74)=石井町浦庄=も「鳥居は学歴とは無関係に大きな業績を残したまれな研究者として知られていただけに驚きだ。しかし今回の発見によって業績の評価が揺らぐものではない」と話している。
【写真説明】鳥居龍蔵





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