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稲田家ゆかり、徳島・脇町の貞真寺 焼失の本堂を再建   2016/2/19 14:02
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稲田家ゆかり、徳島・脇町の貞真寺 焼失の本堂を再建 徳島藩筆頭家老で、脇城代を務めた稲田植元(たねもと)(1545~1628年)らの墓がある美馬市脇町脇の貞真(ていしん)寺の本堂が、60年ぶりに再建された。火災で焼失し、事実上の廃寺となっていたが、有志でつくる「復興の会」が住民らから寄付を募り、5年がかりで完成させた。発起人の矢野通玄(つうげん)兼務住職(64)は「地域の人たちと稲田家の縁をつなぐ寺にしたい」と話している。

 本堂は木造平屋約30平方メートルで、市有形文化財の山門の北側に建設した。僧10人程度が法要を営むことができる広さを確保し、鬼瓦と本堂正面には、稲田家の家紋「矢筈(やはず)」を刻んだ。18日に落慶法要があり、支援者ら約70人が再建を祝った。

 貞真寺は文禄4(1595)年、稲田植元が母・貞真尼を弔うため建立した。植元は1631年に洲本城代となり、脇町を離れたが、寺の隣の墓所には植元や妻、父貞祐(さだすけ)ら2代6人が眠っている。稲田家ゆかりの寺として、町民に親しまれていたが、1955年の火災で山門を残して焼失した。

 2011年に就任した矢野兼務住職が「寺としての機能を回復したい」と翌年、復興の会を設立。住民や寺関係者に支援を求め、約70人からの寄付金などで本堂を建立した。

 矢野兼務住職は「稲田家の存在の証しを無事にお披露目できてうれしい。稲田家の供養や法話、座禅会を行い、ますます多くの人に愛される寺にしたい」と完成を喜ぶ。

 郷土史に詳しい國見慶英さん(84)=美馬市脇町脇=も「本堂ができたことで、脇町の基盤づくりに寄与した稲田家の功績を、もっと知ってもらうきっかけになれば」と期待している。

 復興の会は今後、台風で傷んだ山門の修復なども進めたい考えで、引き続き支援を呼び掛けている。問い合わせは復興の会事務所<電0884(73)0830>。
【写真説明】60年ぶりに再建された稲田家ゆかりの貞真寺本堂=美馬市脇町脇





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