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最後のミーティング【高校野球徳島大会決勝戦から】   2017/7/31 17:52
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最後のミーティング【高校野球徳島大会決勝戦から】 7月27日に行われた全国高校野球選手権徳島県大会は鳴門渦潮高校が優勝し幕を閉じた。試合の模様は既に報道済みだが、試合後の物語を伝えたい。

 試合が終わり閉会式の準備が始まろうとしていた。大会関係者が優勝旗などを運び込む中、荒れたグラウンドを整備していたのは板野高校の選手たちだった。真っ先にトンボを持ったのがエースの森井投手。誰かが気付いたのだろう。歓喜に沸きマスコミ取材に追われる鳴門渦潮高校の選手たちも、慌ててトンボを持った。

 閉会式が始まった。板野高校のベンチ前に車いすに乗った選手が出てきた。帽子を深くかぶり泣いているように見えた。背番号2。初回にランナーと交錯し負傷退場した前田捕手だった。車いすを押していたのは、バッテリーを組んでいた森井投手だ。選手がグラウンドに入場した。一塁側から鳴門渦潮高校、三塁側から板野高校が、それぞれマウンド付近で交差して三塁ベース、一塁ベースに向かって整列する。一足早く到着した鳴門渦潮高校の後ろを板野高校の選手が通り過ぎようとしていた時だった。車いすが土にとられて動けなくなる。押しても動かない。引いても動かない。背中越しに異変を察知し駆け寄る渦潮高校の選手がいた。背番号3を付けた4番バッターの笹田選手。初回に前田捕手と交錯したランナーだった。何か声を掛けているように見えた。森井投手と笹田選手が2人がかりで車いすを持ち上げるように押して列まで運んだ。スタンドからは大きな拍手が湧いた。

 閉会式が終わった。かなりの時間がたって板野高校の選手がベンチから球場外に出てきた。迎えたのは大勢の在校生や保護者ら。選手が輪になり和田監督が切り出す。「最後のミーティングやろか」。和田監督は「わしは野球は人間力やと思っている。残念ながら甲子園には行けなかったが、人間的には大きく成長した。果たせなかった残りの一勝は、残りの人生で勝ち取ってほしい」と言った。続いて3年生一人一人が、後輩たちに向かってあいさつを始めた。流ちょうに話す選手もいれば、話すのが苦手な選手もいる。レギュラーもいれば補欠もいる。「やめずに続けて良かった」「もっと頑張っとけばと思う」。思いはさまざまだ。ある選手はこんなことを言っていた。春の大会でレギュラーから外された。何とかレギュラーになりたいと思って少年野球時代のコーチの元を訪れた。「何とかして打ちたいけん、教えてくれ」。深夜の特訓が始まった。夏の大会ではレギュラーの背番号を付け、長打を放つことができた。そんなことをひとしきりしゃべった後、最後に涙声でこう言った。「努力って報われるんやなと思った」。涙を腕でぬぐった。

 選手全員のあいさつが終わると、選手の影に隠れていた3人の女子マネージャーが呼ばれた。マネージャーも一人ずつあいさつしていく。選手と共に戦ってきた大事な仲間だ。

 続いて後方で見守っていた3年生の保護者が前に出た。3年生と保護者が一列になって対面し、選手が一人ずつ前に出ると、その保護者も前に出る。面と向かい、子どもが親に3年間の思いを伝える。高校3年生といえば恥ずかしい年頃。照れくさそうに話す選手もいれば、しっかりとした口調で伝える選手もいる。「迷惑ばかりかけてきたけど、今までありがとうございました」。涙で言葉が出ない選手も多い。すると和田監督が声を掛ける。「ほら、最後じゃ、頑張って言え」。泣いていたのは選手だけでない。親にとってもいろんな思いが積もった2年半だ。

 全ての儀式が終わり、最後に和田監督が言った。「ほな学校帰ろうか」。すっかり試合のにぎわいは消え、球場周辺で残っていたのは板野高校の関係者ぐらいになっていた。太陽は大きく西に傾き、工事関係者が大会設営の後片付けに追われていた。99回目の夏の県大会が終わった。(社会部地方班デスク)
【写真説明】閉会式で整列した板野ナイン=鳴門オロナミンC球場



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