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東京五輪まで1000日 サーフィンの徳島県勢2人が夢舞台へ切磋琢磨   2017/10/27 14:54
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東京五輪まで1000日 サーフィンの徳島県勢2人が夢舞台へ切磋琢磨 世界最高峰のスポーツの祭典、2020年東京五輪は28日で開幕まで千日となる。史上最多33競技、339種目が実施される一大イベントの準備は運営面を含めた新たな段階に入る。56年ぶりとなる地元開催の晴れ舞台を目指す日本選手の躍進も目立ち、新たなヒーロー、ヒロイン候補が生まれている。徳島県勢は、新たに採用されることが決まって注目されるサーフィンで、目覚ましい活躍を見せており、五輪出場への期待が高まっている。

 9、10月に宮崎県日向市で開かれた世界ジュニア選手権。男子16歳以下で徳島県の安室(あづち)丈(16)が優勝し、上山キアヌ久里朱(16)は3位に入った。

 鋭いターンと深い切り返しで、決勝で逆転勝利を収めた安室。国際サーフィン連盟主催大会の個人戦を日本人が制したのは初めてだが、「防げたミスもある。いい演技がまだできる」と、さらに上を見据える。

 父正人さん(56)は元プロサーファーだ。波を求めて兵庫県から移り住み、サーフボード工場を営む。安室がサーフィンを始めたのは宍喰小3年のとき。正人さんに連れられて毎日のように海へ。宍喰中3年時にプロ試験に合格した。

 ライバルの一人が上山だ。世界ジュニア選手権では空中で1回転する大技を披露し、技の難易度の高さとダイナミックさをアピールした。決勝で敗れたものの、日本勢でただ一人、ストレートで決勝まで進んだ。「どこまでやれるかというチャレンジの場で、決勝まで行けたのは奇跡」と笑顔を浮かべる。

 大阪市出身の上山は父重広さん(53)と母佳子さん(53)の影響で、小学校へ上がる前にサーフィンを覚え、月2回ほど海陽町に通った。「波の質が全く違う」と気に入った。中学に入ると転校をせがみ、両親は半年間悩んだ末、徳島への移住を決めた。

 安室と上山は10歳の頃に出会う。それぞれ「うまい子がいる」と行く先々で評判になるほどだった。二人は四国や九州の浜辺で顔を合わせ、会話をするようにもなった。

 上山が徳島への転校を熱望したのは安室の影響も大きい。「徳島に来れば」と安室が誘い、実現すると、一緒に宍喰中に通った。今は同じ通信制の未来高で学ぶ。

 2人は自宅から車で約10分のところにある高知県東洋町の生見海岸や、海陽町の海部川河口をホームビーチに技を磨いている。朝と夕方に2時間ずつ練習し、ときには1日中、海で過ごす。「いい波は俺が乗る」。どちらも譲らない。

 海部川河口は気象条件が整えば「チューブ」と呼ばれる大きな巻き波ができる。波のトンネルをくぐり抜けるような感覚が得られ、多くのサーファーが憧れる瞬間だ。

 ただし、チューブにうまく乗るには体幹をはじめ、体全体の強さが必要だ。力をつければ、たくさんの水しぶきを飛ばすことにもつながる。それが試合では高得点に結びつく。

 パワフルさを求め、上山は「1日5食がノルマ」と体を大きくする取り組みを始めた。やや小柄な安室も「体が波に負けないように」と、苦手意識があった筋力トレーニングをするようになった。

 そろって表彰台に立った世界ジュニア選手権は通過点にすぎない。安室が「技の精度を高めて勝負強くなりたい」と言えば、上山は「スキルを上げ、みんなが驚くようなライディングをする」。同い年のライバルは切磋琢磨(せっさたくま)しながら、東京五輪の代表争いに挑む。

 安室丈(あづち・じょう) 海陽町宍喰浦。宍喰中2年の2014年、世界ジュニア選手権に初出場し日本人最高の19位。15年、プロ試験に合格した。168センチ、60キロ。

 上山キアヌ久里朱(かみやま・きあぬ・くりす) 海陽町宍喰浦。母の仕事の関係でハワイで生まれ、大阪市で育った。中学2年時の2014年に海陽町へ移住し、宍喰中に転入。17年4月にプロ資格を取得した。173センチ、59キロ。
【写真説明】サーフィンの世界ジュニア選手権で優勝した安室(左)と上山。2人で切磋琢磨しながら東京五輪出場を狙う=海陽町の海部川河口



安室が優勝、上山3位 サーフィン世界J男子、徳島勢活躍
サーフィン普及へ国体正式採用に照準 徳島県連盟など








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