<村の鎮守(ちんじゅ)の神様の 今日はめでたい御祭日(おまつりび) どんどんひゃらら どんひゃらら どんどんひゃらら どんひゃらら 朝から聞こえる笛太鼓>。文部省唱歌「村祭」の1番の歌詞である
この歌の作曲者・南能衛(よしえ)(1881~1952年)が、徳島市出身であることはあまり知られていない。先日出版された竹内貴久雄著「唱歌・童謡 一○○の真実」(ヤマハミュージックメディア)は、南が「村祭」ばかりでなく、「村の鍛冶屋(かじや)」を作曲した可能性にも触れている
同書によると、東京音楽学校(現・東京芸大音楽学部)の助教授だった南は、明治時代末の1908年から5年間ほど、文部省の唱歌編集委員を務めた。その後、同校を依願退職、兵庫県の東洋楽器でオルガン製造に携わったという
横浜市歌や東京都立立川高校の校歌なども作曲した。横浜市歌は1909年、横浜港開港50周年を記念して作られたもので、作詞は文豪・森鴎外。誕生から100年たった今も市民に歌い継がれている
しかし、南の名は音楽事典を引いても出てこない。これは文部省唱歌の作詞・作曲者が長い間、不詳とされてきたからだろう
南は徳島の子ども時代を思い出しながら「村祭」を作曲したに違いない。その南の研究が進み、一日も早く「村祭」の作曲者として広く認知されるようになることを期待したい。
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