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鳴潮
3月25日付
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 声に出せば、すぐに覚えられる。とんと昔、あったと。阿波で一番名を上げたのは五百羅漢に苫ケ島。五百羅漢は板野町地蔵寺にある。苫ケ島は力士。<大阪の商人(あきんど)苫相場って言えば、負けぬことを意味した>

 本紙14日付「阿波の民話」に登場した苫ケ島は、こう言われるほど強かった。阿波の名力士。生まれは松茂町、徳島市との説も。1775(安永4)年10月に、東幕下7枚目に付け出し、達ケ関(だてがせき)(後の谷風梶之助)らを破って、評判になったという

 相撲史研究家は、しこ名に思いが及ぶ。本来は「苫」だが、番付や墓碑は「笘」となっている。徳島ゆかりの力士を紹介する「阿波の相撲史展」でそう教わった

 徳島市新蔵町の徳島大学ガレリア新蔵で、この笘ケ島浦右衛門や徳島藩お抱えで1869(明治2)年に第13代横綱になった鬼面山(きめんざん)谷五郎らに、会うことができる

 時は安永、徳川家治の時代から、徳島出身か徳島藩お抱えの江戸・東京大相撲の幕内力士をたどる。美馬市脇町出身の時津洋まで45人。江戸から明治初期にかけて阿波は相撲王国だった―。これは決して大げさではなかった

 さて、時は移り、大相撲の春場所。新横綱稀勢の里と同部屋の関脇高安の活躍に沸いた。ともに出身は茨城県である。好角家が集まって、始まるのは、おらが力士自慢。それは昔も今も。

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