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鳴潮
9月7日付
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 「赤い背中の少年」谷口稜曄(すみてる)さんが長崎で被爆したのは、16歳のときだ。郵便配達中、爆心地から1・8キロの路上で爆風に吹き飛ばされ、熱線で大やけどを負った
 
 治療中に米軍が撮影した写真が後年見つかる。背中一面が真っ赤に焼けただれた姿は、核兵器の恐ろしさを物語る写真として、世界に伝えられた
 
 入院は3年7カ月に及んだという。そのうち2年はうつぶせのまま。床ずれで肉はそげ落ちて、心臓の動きが表面から見えるほど、胸は薄くなった。「核兵器は、残虐で人道に反する」。反核運動の先頭に立って、体験を語り続けた
 
 今年7月、被爆者の悲願だった核兵器禁止条約が採択された際に、こんなメッセージを発信している。「(各国が)核兵器をなくす努力をしなければ、条約は役に立たない。被爆者がいなくなったとき、どんな世界になっていくのかが心配だ」
 
 重い問い掛けである。被爆者が声を上げ続けている今ですら核の力を信じる国は多く、北朝鮮のごとく、いびつな例を生み出している
 
 谷口さんの後を追うように亡くなった反核運動の理論的支柱で元長崎大学長、土山秀夫さんと懸念を語り合いながらの旅路だろう。何より、唯一の戦争被爆国でありながら、世界の半数以上が賛成した禁止条約に加わらず、核廃絶を主導できない日本の行く末を憂いつつ。

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