熊本地震 徳島新聞記者、現地ルポ

熊本地震 徳島新聞記者、現地ルポ

熊本県熊本地方で14日夜、震度7の地震が発生した。翌15日、徳島新聞記者2人が熊本県に入り取材を始めた。16日未明になって再び大きな揺れ(震度6強)に見舞われた後、現地では大小の地震が続いている。現地からの記事を16日付朝刊から掲載開始。紙面に載せられなかった写真をウェブで紹介する。

無残、破壊された街

倒壊した家屋の前で、親戚を亡くした女性がぼうぜんと立ち尽くしていた。熊本地震の震源地である熊本県益城町(ましきまち)に4月15日、徳島新聞記者が入った。町のあちこちには、震度7という甚大な揺れの爪痕が残り、住民は余震におびえていた=写真はいずれも益城町で撮影。

徳島市内から鉄道とレンタカーで約9時間。午後2時半ごろ、益城町に入った。町役場に近づくにつれ、自衛隊の車両や救援物資を運ぶ車が多くなる。上空にはヘリが飛び交い、時折、消防車や救急車のサイレンが鳴り響く。
役場近くの安永地区の細い路地に入ると、あちこちで民家のブロック塀が崩れていた。壁がはがれ落ちた家では、部屋の中がむき出しになり、食器や洗濯物が散乱している。道路が30センチほど陥没している所もあった。

「ひどか(ひどい)ですよね、こんな地震は初めて」

座り込んでいた高齢の男性がつぶやいた。「あっちはもっとすごかですよ」。男性が指さした方へ向かうと、20棟以上の家屋が倒壊していた。

つぶれた家屋に近づくと、太い木の柱が無残に折れ、家財道具が飛び出していた。立っている家屋も斜めに傾き、今にも崩れそうだ。地震による火災で焼け落ちた家屋もある。

隣の馬水地区を歩いていると、倒壊家屋をぼうぜんと見つめる女性がいた。宮守カズエさん(77)。親戚の宮守陽子さん(55)がこの家屋で亡くなったのだという。

「いい人だった。まだ若いのに…」。言葉を詰まらせ、何度も振り返りながら立ち去った。
町役場にはパンや水、トイレットペーパーといった救援物資が次々と運び込まれ、支援に駆けつけたボランティアらでごった返していた。

隣接する町公民館の駐車場にはブルーシートが敷かれ、避難者用の毛布が積み重ねられていた。公民館は耐震基準を満たしていないため、避難者は屋外で毛布にくるまったり、車内で寝たりして、一夜を明かしたのだという。

午後6時ごろ、九州地区の日本防災士会の支部員らが公民館でカレーライスの炊き出しを始めた。近くの公務員前田智さん(46)は「電気や水道などのライフラインが回復していないので、配給された乾パンや水しか口にできなかった。温かいカレーが食べられてほっとした」。

取材中、何度か余震があった。斜めに傾いた建物がぎしぎしと不気味な音を立てる。その度に住民は顔をこわばらせた。

公民館の玄関前にあるベンチにいた近くの無職矢田誠さん(66)は「屋外にいても、余震があるたびに気持ちが悪くなる。自宅が崩れてしまうのではないか」と不安を口にした。 (2016年4月16日付朝刊掲載)

激しい揺れで倒壊した建物=15日、熊本県益城町

激しい揺れで倒壊した建物

激しい揺れで1階部分がつぶれたアパート=熊本県益城町

激しい揺れで1階部分がつぶれたアパート

激しい揺れで倒壊した建物。がれきが散乱し道路をふさいでいる=15日、熊本県益城町

激しい揺れで倒壊した建物。がれきが散乱し道路をふさいでいる

地震で陥没した道路=15日、熊本県益城町

地震で陥没した道路

地震で倒れた民家のブロック塀。道路上を破片が覆っている=15日、熊本県益城町

地震で倒れた民家のブロック塀。道路上を破片が覆っている

1階部分がつぶれた家屋。下敷きになって女性1人がなくなった=15日、熊本県益城町

1階部分がつぶれた家屋。下敷きになって女性1人がなくなった

外壁がひび割れしたり。河原が落ちたりした民家=15日、熊本県益城町

外壁がひび割れしたり。瓦が落ちたりした民家

 宿泊中に激震、恐怖

激しい揺れに、立っていることもままならなかった。4月16日午前1時25分、熊本県で震度6強を観測したマグニチュード7・3の地震。現地取材に入っている徳島新聞記者は、熊本市のホテルでこの揺れに見舞われた。初めて体験する震度6強の恐怖。怖さで体が硬直し、揺れが終わった後も足の震えがしばらく止まらなかった。ホテルの宿泊客らは一晩中続く余震におびえ、不安な夜を過ごした。

地震に襲われたのは14階建てホテルの8階の1室。「ドーン」という音がして下から突き上げるような縦揺れがあった後、小刻みな横揺れが始まり、段々と大きくなった。

机に置いていたペットボトルが飛び、高さ1・5メートルほどのライトスタンドが倒れた。室内の明かりは消え、何も見えない中で揺れはさらに激しさを増す。

強力な力で振り回されるような感覚。辺りにある物にしがみつくが、すぐに引き離される。壁や扉に体をぶつけながら、倒れそうになる体を支えるのがやっとだった。
30秒ほどたったぐらいだろうか、ようやく揺れが収まる。暗闇をスマートフォンのライトで照らしてみると、かばんの中身が飛び出し、室内に散乱していた。片付けながら避難準備をしていると、約20分後にまた立っていられないほどの揺れ。その2分後にも大きく揺れた。いずれも緊急地震速報がスマートフォンに届いたのは揺れ始めてからだった。
「避難してください」。部屋を回ってきたホテルの従業員に促され、非常階段で1階のロビーへ。避難していた他の宿泊客は顔をこわばらせ、いすや床に座り込んでいた。そこでも震度4程度の余震が容赦なく続いた。
ホテルの外に出てみると、揺れるたびに周囲のビルの窓ガラスがピリピリと揺れる音が聞こえ、歩行者はその場でうずくまっていた。向かいのビルからは「火事です、火事です」と機械音の警報が聞こえる。火の手や煙は見えなかった。
午前2時50分ごろ、警察官がホテルを訪れ、「建物が崩れる可能性があるので、外に避難してください」と叫んだ。ホテルの従業員の先導で、約500メートル離れた白川公園へ。公園に着くと、大勢の避難者が毛布やタオルにくるまって身を寄せ合っていた。近くを通る道路では、消防車や救急車がサイレンを鳴らしながら行き交う。収まらない揺れに、避難者は不安そうな表情を浮かべていた。
午前3時40分、「揺れが落ち着いた」として、従業員の案内で再びホテルに戻り、ロビーの床に敷かれたビニールシートの上で約40人が一夜を明かした。余震のたびに「またか」「もうやめて」とのおびえた声がロビーに響いた。(2016年4月17日付朝刊掲載)

毛布で身体を覆うなどして暖を取る避難者=16日午前3時25分、熊本県中央区の白川公園

毛布で身体を覆うなどして暖を取る避難者=16日午前3時25分、熊本市中央区の白川公園

震度6の地震の後、ホテルのロビーに避難した宿泊客=16日午前2時半ごろ、熊本市中央区

震度6の地震の後、ホテルのロビーに避難した宿泊客=16日午前2時半ごろ、熊本市中央区

熊本地震 その他のニュースは本紙朝・夕刊、徳島新聞WEBで。 

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

スポンサーリンク