【特別公開】きらり阿波女 多彩な分野で活躍

-本記事は2016年1月3日付朝刊掲載分です(年齢・肩書などは掲載当時のもの)- 

新たな年がスタートした。昨年には「女性の活躍推進法」が成立し、今年はより一層、女性の飛躍が期待されている。古くから働き者と言われた阿波女たちも活動の舞台を国内外に広げ、さまざまな分野で挑戦を続けている。アフリカ、青森、東京-。古里・徳島を飛び出し、奮闘する姿を追った。

瀬尾萌さん サイト運営会社執行役員 東京都世田谷区(吉野川市出身)

成長を続けるベンチャー企業「ルクサ」で総務部門を統括し、社を支える瀬尾さん=東京都渋谷区の同社

ベンチャー裏方に誇り

新進気鋭のベンチャー企業「ルクサ」(東京)の執行役員管理本部長兼経営戦略室長。弱冠30歳。約200人の社員を抱え、背負う責任は軽くはないが、「社員が安心して能力を発揮できる環境をつくるのが仕事。やりがいありますよ」。こともなげに笑う。
化粧品やグルメ、こだわりの宿に泊まるツアー…。少しぜいたくな商品やサービスをお手頃価格で提供するサイト「ルクサ」を運営する同社。6年前の創設から関わり、成長を支えてきた。
企画や営業といったメーン業務に対し、採用や人事評価制度の構築、チーム編成など「バックオフィス」と呼ばれる総務部門を統括する。「地味だけれど、社の根幹となる大切な部門。試行錯誤しながら、誇りを持って取り組んでいる」
胸を張るには理由がある。母は地元の吉野川市で、さまざまな社会貢献活動を展開し、裏方で実務をこなすのが父だった。表舞台を輝かせるためには、いかに支える存在が重要かを学んだ。
阿波高校から京都大に進学。証券大手に就職したが、M&Aや資金調達のコンサルタントなど「花形」とされた仕事はしっくりこなかった。2年半で退職し、再就職したネットサービス会社から分社したルクサへ移籍。自分の判断で組織運営ができるベンチャーは肌に合っていると思った。
価値観や仕事へのスタンスが培われた徳島は、今も大切な存在だ。「帰ればピュアな気持ちを思い出す。自分にとっての原点」。「縁の下の力持ち」もまた、古里という支えがあるからこそ輝いているのかもしれない。

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井上波美さん(22)海上保安官 愛媛県今治市(徳島市出身)

父親に憧れ 背中を追う

船の甲板に立ち、目の前に広がる海を眺めるたびに強く意識することがある。海上保安官という仕事への誇り。「自然と背筋がしゃんとするんです」。そう話す表情は、凜(りん)としている。
愛媛県今治市にある今治海上保安部に所属し、巡視艇「せとぎり」の乗組員として来島海峡を中心に活動する。航行する船を先導する航路哨戒、違法船を取り締まる警備活動などのほか、遭難者の救助にも当たる。
「行き交う船やその乗組員の命を危険にさらしたくない。海上では一瞬たりとも気を抜けない」
小松島高校を卒業後、海上保安官を養成する海上保安学校(京都府舞鶴市)で1年間訓練し、2013年に今治海上保安部に赴任した。「思い描くような活躍はまだまだ難しい」ようで、複雑な計器類の操作や捕まえた容疑者の取り調べに日々苦闘している。
「今は一つ一つの仕事を丁寧にこなしたい。そしていつか目標の人に追い付きたい」。目標の人とは、現在徳島海上保安部で機関士を務める父の康さん(51)。制服姿で敬礼するりりしい父の姿に幼いころから触れ、保安官の仕事がいつしか憧れに変わった。
「父には、仕事への情熱や責任感など大切なことをたくさん教えてもらってきた」。父の教えを胸に、海の安全を守るため奮闘する。

田村尚子さん(46) 写真家 京都市(徳島市出身)

「直感を大事にしたい」とアート写真を撮り続ける田村さん=京都市

独自の視点 無二の一枚

椅子を写した一枚の写真。楽器に見える人もいれば、女性の背中と言う人もいる。ピントを合わせず、輪郭をクリアに捉えない。「見え方が違っていい。見る人にイメージを膨らませてもらう方が面白い」と狙いを明かす。
京都を拠点に、パリやニューヨークなどで撮影を重ね、28歳の時に京都で初の個展を開催。以来、独特の世界観に評価が高まり、国内外の個展や写真集で作品を発表している。
中でも2012年の写真集「ソローニュの森」は、フランス南西部にある精神科病院に6年通い詰め、患者らの日常を独自の視点で切り取った労作。「山深い病院に泊まり込み、患者と共に時を過ごした。人間が持つ本質、人と自然との共生を深く考えさせられる体験だった」と振り返る。
城ノ内高校から同志社女子大英文科へ。卒業後、茶道裏千家を普及する京都の財団に就職したが、ある日、知人が持っていた一眼レフカメラが運命を変えた。
「何の変哲も無い景色が、ファインダー越しに見るだけで新鮮に映った。レンズの奥に広がるもう一つの世界に魅了された」
約4年勤めた仕事を退職。アルバイトをしながら、京都やフランス、米国でさまざまなアーティストと交流し、感性を磨いた。撮りたい写真に必要な技術は、その都度独学で身に付けた。
相棒はフィルムカメラ。デジタルと違い、同じ写真は二つとない。「一枚に宿るものを体現する」ために直感を研ぎ澄ませ、絵や詩を書くような気持ちでシャッターを切る。
出遅れた焦りとコンプレックスを抱えた時もあった。「若いころに身に付けた茶道の美と”間“は写真にも通じる。回り道と思った経験が生かされている」。今ならそう思える。

藤代典子さん 京寛美智子さんに続く・・

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