塩谷司、日本代表や故郷・徳島への思い~インタビュー(下)

サッカーJ1の広島から、アジアの強豪クラブ・アルアイン(UAE)に移籍する塩谷司選手(28)=徳島県小松島市出身=が、移籍の理由や今後の目標、日本代表への意欲、故郷の徳島への思いなどを語った。

(聞き手=デジタル編集室・城福章裕)

J1広島からアルアインへ移籍する塩谷選手=広島市内

国際大会で得たことや日本代表、徳島について

―オーバーエージ枠でリオ五輪に出場した。経験をどう捉えている
全然ダメだった。初戦とか特に。2戦目、3戦目と手応えつかんできた中での敗退だったので自分の経験不足、力のなさが出たと思っている。もし今後、オリンピックだったり、W杯だったり、代表の舞台で日の丸を背負う機会があったときに、ああいう失敗しないように、いろんなことを経験していかないといけないなと。そのためにも、オリンピックは自分にプラスの大会だった。大舞台に立つという経験がなかったので、いろいろな経験ができた。

―真剣勝負の国際舞台で日本代表の重さは
全然違った。常に代表入ってプレーしている人がすごいプレッシャーの中で戦っているなと感じる。

―日本代表への思いは
代表にもう1回入りたいというのもありますし、そこに関してはずっと持っている。広島にいた方が良かったのか、移籍した方が良かったのか、そこは結果論になる。もう1回代表に呼ばれるように向こうでしっかり頑張ってきたいなというのがあります。

―日本代表のセンターバックのレギュラー陣に最近入れ替わりがあった
ハリル(ハリルホジッチ)監督は競争を求めていると思う、いろんな選手にチャンスを与えるという言い方が正しいのか分からないが、いろんな選手を呼んで、今までの監督よりも多くの選手を見ているなという印象なので、もう1回、自分にもチャンスが来るように、そのために自分がしっかりやらないといけない。

―高校や大学の途中まで中盤でプレーしていた
昔は攻撃的な選手で、攻撃はすごい好きですし。大学のときは逆に守備をしなさすぎて試合に出られなかった部分もあるので、攻撃はすごい好きだったっていうのはありますね。

―守備への意識が変わったのは
センターバックに変わったのが一番。でも、サッカー選手になるための手段であったというか、いま思えば、攻撃だけじゃなくて、守備のところで、自分としてはサッカー選手になれたと思ったので、そこは嫌だけどやるしかない。サッカーをやり続けるためにやるしかない。最初はそういう感じでした。

―元チームメートで徳島に在籍したドウグラス選手に連絡は
連絡していろいろ聞いたりしました。ドグ(ドウグラス選手)が来シーズンいるかはまだ分からないらしいですけど「できれば一緒にやりたいね」という話もしたり。

面白いやつでボイスメッセージを通して「ドグ、元気?久しぶり」「どう、アルアインは」とかいろいろ聞くと「すごいよ、ビックラブだよ」と。「シオ、ごめんね。私、日本語忘れちゃったねー」とか日本語で。すごくいいやつなんでもう1回一緒にやりたいというのはあります。

―広島の一員として、2014年にはJ1に昇格した徳島ヴォルティスと故郷・徳島で対戦した
アップしている時に、スタジアムDJがスターティングメンバーを言うじゃないですか、名前を呼ばれたときにスタンドから拍手が起こって、かなりうれしかった。そうやって気に掛けてくれている人がいるんだなというのが。J1の舞台で地元のチームと戦えたのは本当にうれしかった。

―広島とは複数年契約を結んでいたと聞く。そのため今回の移籍で移籍金がチームに入る
僕がずっと言ってきたことですけど、個人として、ゼロ円移籍には反対というか、したくないなと。自分を少なからず育ててくれたクラブに対して、移籍するなら何か残していきたいなという思いが強いので、特に水戸から広島に来るときも、広島が水戸に移籍金を払ってくれて、そして成長させてくれた。広島を出るときは絶対に残していこうと思っていた。
小中高、大学にも連帯貢献金(国際移籍の際に12~23歳まで所属したクラブに移籍金の一部が支払われる制度)が少しでも入るわけで、自分を育ててくれたチームに対しても恩返しできる。活躍することも恩返しだと思うんですけども、目に見える形で恩返しできるというのも、自分の中の何というか、ポリシーとして持っていたので。ゼロ円移籍する人を完全に否定するわけでないが、僕個人としてはそうやっていきたいという思いがあった。

―徳島で在籍した小中高のチームにも励みになる。
小中高は徳島にいたので、小学校、中学、高校のチームが、何かしら子どもたちのために使ってもらえたら。

―子どもの頃にサッカーに関してやっていたことは
自分で考えることだけはやめなかった。うちは両親がサッカーをしていたとかではないので、(サッカーに関して)全然素人だったので。自分でサッカーをやりたいと言い出したし、サッカーの練習がない日も一人で練習していた。小遣いも少なかったんですけど、サッカーの本を買って、勉強して「こうやってみよう」とか、自分の分析をしていました。昔は、すごい小さくて細かったので、でかいやつが来てもボールを取られないように、左右両足で練習しようとか、自分で考えてやっていた。いまになって思うのは、それが大事なことなのかなと。最近は保護者が結構熱を入れて、(子どもたちに)やらせることが多いけど、やらされる練習はあまり身につかないんじゃないかなと、モチベーションもあるし、やらされる中で。
結局試合でプレーするのは自分。監督やコーチが言うかもしれないが、判断するのは自分なので、自分で考える力はサッカーで大事。当時は考えていなかったが、今思えば、よかったんじゃないかな。足りないところ、自分のいいところを分析して、伸ばしたり、補ったりしていたのがよかったんじゃないかな。

―徳島の人へのメッセージを
徳島に帰ると、声を掛けてくれる方もいらっしゃる。地元としてヴォルティスを応援しているので、徳島県民一体となってヴォルティスを応援して支えてあげてくれたら。たまには、僕のことを少しでも思い出して、気に掛けてくれたら。少しでも応援していただいたら、パワーになるのでうれしい。

(2017年6月27日)

塩谷司選手インタビュー(上) 新天地に向けて

塩谷司選手インタビュー(中) 広島でのプレーを振り返って

J1広島の塩谷(徳島出身) UAEの強豪クラブへ移籍   (2017/6/15

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