ぞめく街角 本番前に阿波踊り点景

 徳島の街が「踊り天国」となる季節がやって来た。8月12日に開幕が迫った徳島市の阿波踊りに向け、練習に一段と熱が入る有名連の姿を、情緒ある名所や街角の風景とともに切り取った。

<「吉野川」を奏でるしの笛> あかね雲の下で努力

吉野川河川敷で練習を重ねる阿波鳴連の踊り子ら

 四国三郎に架かる鉄橋の向こうにあかね雲が見えるころ、「吉野川」を奏でるしの笛の柔らかなメロディーが、川風に乗って辺りに広がった。

 吉野川大橋近くの吉野川南岸河川敷で練習しているのは阿波鳴連。本番が近づき、手足の動きや踊り子たちの表情は一層熱を帯びてきた。

 「少しでも息の合った踊りに仕上げたい。休みなしだよ」。新見佳昭連長(63)は連員の動きに目を凝らす。連員は80人。今年は9年ぶりに復帰した男性を含めて新たに10人ほどが加入し、活気づいている。

 元々は近くの建物で練習していたが、近隣への配慮から練習場所を移した。周辺には外灯がないため、日が暮れると辺りは真っ暗。連員が持参する1個の電灯だけを頼りに、黙々と汗を流す。

 夜空の下で積み重ねた努力が、まばゆい光に包まれた演舞場で輝きを放つまであと10日だ。

<歴史見守る鷲の門広場> 無数の足跡 思い刻む

鷲の門広場で稽古する水玉連の踊り子ら=徳島市徳島町城内

 「阿波の殿さま、蜂須賀さまが今に残せし阿波踊り」。阿波よしこのでこう歌われているように、徳島藩祖・蜂須賀家政の徳島城築城を祝い、城下の人々が踊ったのが阿波踊りの起源だという説がある。それだけに、徳島中央公園の鷲の門広場で稽古する踊り連の連員たちは歴史にも思いをはせながら、踊りの腕を磨いている。

 「ここで練習してどのくらいになるだろうか。30年ではきかん」と言うのは踊り歴50年近くの水玉連・坂良雄連長(68)。「かつては広場に噴水があって、今ほど広くなかった」と振り返る。連の長い歴史を象徴するように、3世代7人で参加する連員もいるという。

 足を交差させながら進む「差し足」や、「横跳び」と呼ばれる躍動感のある踊りで観光客を魅了してきた。今年も多くの人を楽しませたい-。そんな思いを示すかのように、広場の砂利には今日も無数の足跡が刻まれる。

<藍場浜公園に響く大太鼓>70代コンビが活躍

70代になっても威勢良く大太鼓をたたくみやび連の井上さん(右端)と武市さん(右から2人目)=徳島市の藍場浜公園

 徳島市内屈指の阿波踊りの練習スポット・藍場浜公園では、5月の大型連休明けから桟敷が設置される8月まで、10連近くが競い合うように技を磨く。

 園内で各連の練習場所は決まっている。東端から菊水、みやび、殿様といった具合だ。そばを流れる新町川の水面に街のネオンが揺れる午後7時半ごろから、ぞめきのリズムが響き渡る。

 20年以上、この場所で練習しているみやび連は、優雅で気品のある伝統の踊りを守りながら、獅子頭を持って踊る新しい表現にも挑戦している。

 年輪の刻まれたたなごころでばちを握っていたのは、大太鼓を担当する井上尚文さん(75)=同市国府町中=と武市誠一さん(70)=上板町椎本=のコンビ。

 重い太鼓を抱えた70代の奏者は珍しい。「天然記念物では」と口をそろえ、「阿波踊りは何年やっても奧深い。今年も暑さに負けずに頑張るよ」と笑みを浮かべた。

<東新町アーケード> 商店街 活気呼び込む

阿呆連が本番さながらの演舞を披露するアーケード。鳴り物と威勢の良い掛け声が響き渡る=徳島市の東新町商店街

 徳島市中心部、東新町商店街に鉦(かね)や太鼓の大音響と、「ヤットサー」の威勢の良い掛け声が響き渡る。踊り込んできたのは、阿呆連の踊り子たち約50人。迫力ある乱舞が繰り広げられたアーケードは、本番の演舞場さながらの熱気に包まれた。

 郊外の大型店に押されて元気のない商店街に活気を呼び込もうと、阿呆連が東新町で練習を始めたのは2005年。練習のある6、7月の毎週金曜日には、観光客や地元住民らが自然と見物に集まり、踊り子たちをスマートフォンのカメラで撮ったり、手拍子を打ったり。目前で繰り広げられる踊り絵巻を満喫している。

 練習の合間には、見物客を対象にした体験コーナーも開く。踊り子たちに交じり、長男の悠馬ちゃん(2)と踊り込んだ会社員竹原麻里子さん(40)=徳島市元町2=は「初めて来ましたが、子どももすごく楽しそう。これからも参加したい」と満足した様子だ。

 見物客と踊り子が一体となって盛り上がるアーケードでの練習風景は、今や県都の夏の風物詩としてすっかり定着している。

<休校の小学校で稽古> 学校の明かり消さず

 子どもたちの歓声が消えた山あいの小学校に、ぞめきのリズムが鳴り響く。まんじ連は、2016年3月末に休校した徳島市の飯谷小の校庭で週2回の稽古に励んでいる。踊り子の中には卒業生もおり、143年の歴史が刻まれた学びやで熟練の技に磨きをかけている。

 同校で練習を始めたのは15年ほど前。連員が増え、それまで練習場にしていた近くの教会の庭が手狭になったため移転した。連は15年10月に行われた小学校最後の運動会にも参加し、児童や父母、地域住民らと乱舞を繰り広げた。

 校庭で行われる練習は、地域の夏の風物詩として定着している。大西義博連長(58)は「地元の小学校が休校になるのは寂しいが、この場所でこれからも練習に取り組み、学校の明かりをともし続けていきたい」と話した。

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